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『テラスハウス』に出演した女子プロレスラーの木村花さんの自殺を機に、ネット・SNSや報道メディア問わず誹謗(ひぼう)中傷問題が連日問題視されるようになりました。こちらとしても長年ネットを利用し、根拠のない悪口や誹謗中傷を幾度も受けているので、とても他人事のようには思えません。

よく議論されている問題ではありますが、こういった人たちをタイプ別で考え、なぜ検挙者も出ているのに、未だになくならないのかを見ていきます。しかしその前に、この一連の流れに違和感を感じた部分があるので、以下に述べていきます。

一個人の意見です ほかの様々な意見も取り入れてください

20世紀末から存在する誹謗中傷問題

この痛ましい事件により誹謗中傷問題が議論され、国もこれらに関する法律を変えようと動きはじめました。しかし疑問なのが、「なぜ今更になって、誹謗中傷問題がここまで問題視されたの?」ということですね。

誹謗中傷自体は20年以上前からあり、20年以上前から問題視されてきたはずで、泣き寝入りした人のみならず、今回の彼女のように、これを苦に自殺をした人だって少なくないはず。

韓国の指殺人(書き込みで著名人を精神的に追い詰めて自殺させるネットスラング)など、今になって始まったことではないのに、本当に今更というか遅すぎるというか、違和感を覚えますね。

まあ、このあたりを語ると非生産的だから省略するとして、「遅まきながらも、ようやくネット・SNSの誹謗中傷の異常性・問題性を国が理解してくれた」と好意的に解釈するようにしています。今後彼女のような人を増やさないよう、徹底的に見直してもらいたいものです。

ただワイドショーで、「匿名(とくめい)をやめて実名化すべきだ」とコメンテーターが語っていたのは大きな間違い。

確かに『ペルソナ効果』など、素性を隠せば態度が大きくなる人が一定数いることを示す科学的な実証はあり、これはネットスラングでいう『ネット弁慶』と呼ばれる人たちがそれに該当します。

文章同士のやり取りという「相手のしぐさ・表情がわからず態度が大きくなる」という意味では、全盲(視覚障害者)の人がある種の証明で、視覚の非言語コミュニケーションが不可能だから、口調が厳しくなりがちですからね(もちろん全員がそうじゃないですが、自分が出会った全盲の人は皆、悪気はないけど言葉のキツい人、高圧的で命令口調になる人が多かった)。

……話を戻し、実名や顔写真ありでも、たとえビデオチャットでも誹謗中傷をする人がいるのは、韓国をはじめとした海外の例や、有名人の一部、テレワークのハラスメント行為などを見ればわかるとおり。根本的原因はほかにも考えられます(後述)。

「メディアはSNS(ネット)のせいにするな」の前に

(案の定というか)この問題に対して、

  • 「メディアも同じことをやっている」
  • 「SNSより先にマスゴミ(マスコミ)や制作側を処罰しろ」

という論調がネット・SNS上で多く見られましたね。あの乙武洋匡氏ですら、「メディアはSNSのせいにするな」って言うレベルです。丸山穂高議員は平常運転なのでご割愛(かつあい)。

乙武洋匡氏 SNS誹謗中傷を責任転嫁するワイドショーに「どれだけ面の皮が厚いんだよ」|東スポ電子版

しかし、この論理は前提を考えると破綻していますし、そもそも誹謗中傷問題は「ニワトリが先か卵が先か」という話ではなく、免罪(めんざい)符にもなりません。

別にメディアの肩を持ったり擁護(ようご)もするつもりはなく、制作・発信側にも一定の責任があるのは確かです。ですがマスコミや制作側の場合、問題が発覚すれば審議され、コメンテーターや出演者も発言に非があったことが確定すれば、責任をとらされます。

一方、ネット・SNSの場合、誹謗中傷や心ない言葉をぶつける人たちは、自分たちに問題があったことがわかると責任転嫁(か)や、削除してなかったことにしようと無責任な行動をとるだけではなく、

  • 「俺は悪くない」
  • 「みんなやってる」
  • 「有名税だろ」

と、自己正当化や被害者意識をむき出しにします(批判・批難の区別すらついていないのは言わずもがな)。

これは過去のスマイリーキクチ中傷事件・3.11放射能差別・あおり運転デマ・自粛警察・感染者叩きなどで検挙された加害者たちや、擁護・正当性を主張する人たちを見ても明らかで、「メディアも同じようなことをしている。ネット・SNSに責任転嫁するな」とするのは無理があります。

その理屈を通すなら、(匿名だろうが本名だろうが)ネット・SNSユーザーも皆、自分の言動に責任を持ち、問題があれば素直に非を認めて、しかるべき処罰を受け入れることを常に覚悟している前提がないと成立しません。

責任転嫁する人ほど、普段からそういうことをやっているから、後ろめたいのだろうとしか思えませんし、「アンチ(誹謗中傷)は有名になった証」「有名税」は被害者側が使う言葉であって、加害者側や第三者、傍観(ぼうかん)者が免罪符にして正当化するものではありません。

今後も誹謗中傷は絶対なくならないと言える理由・根本的原因

ここから本題ですが、なぜ誹謗中傷は絶対になくならないと言えるのかを述べていきます。

よく誹謗中傷問題に対して、「適切なネットリテラシー教育や『画面の向こうには人がいるんだ』と理解することが大事」と、誹謗中傷を防ぐには教育が必要だという意見も見られますが、根本的な対策にはなりにくいものです。

それはなぜかと言えば、

  • 慢性的な誹謗中傷中毒になっている人
  • 発達・精神障害でそもそも理解できない人
  • 誹謗中傷撲滅を訴えながら無自覚で誹謗中傷をやる人
  • 「辛口」「毒舌」「批判」を言い訳に開き直る人
  • 自分が信じたいものや風潮に固執・鵜呑みにする人

こういった人たちは歪んだ認知を持っていますので、良心の呼びかけや教育だけでは不十分ですし、彼らのような人たちがいる限り、誹謗中傷がなくならないからです。

以下から順番に述べていきます。

慢性的な誹謗中傷中毒になっている人

『誹謗中傷中毒』について説明すると、コンプレックス(劣等感)の解消や自己肯定感の向上、ストレス発散などを口実に、誹謗中傷が快感だからやめられない感じですね。「信者かアンチ、面白いかクソか」みたいな二極思考の極論が好きで、「死ね・ガ○ジ・キ○ガイ」などの心ない言葉や人格攻撃を好むのは典型例。

依存性も高く、一種の薬物依存のようなもの。以下の文章を述べても、

  • 『誹謗中傷』中毒者は、定期的に『誹謗中傷』をやらないと禁断症状になる。その解消に『誹謗中傷』をする負のスパイラルに陥ってやめられない。
  • 『誹謗中傷』の依存・衝動を自力で治すことが困難。治すには助力による生活改善や専門家の助けが必要であり、治療後も頼らない生活を維持し続けなければならない。

この『誹謗中傷』の部分を『ドラッグ』に置きかえても違和感がないもので、お金もあまりかからないぶん、ある意味ドラッグよりもタチが悪いです。実際にスマイリーキクチ事件の加害者の中には、「もうしません」と謝罪の言葉を口にしておいて、数時間後にはまた誹謗中傷をしていたケースがあったそうです。

そして誹謗中傷にハマる人であればあるほど、感情コントロールもできずに衝動的な行動や、マウントとり(俺が上アピール)ばかりを行っては、自分の行動を正当化したり、他責的な行動や理屈を並び立てて開き直り、非を絶対に認めたがらないのも特徴です。

  • 「昔からやっている癖みたいなもんだし今更直せない。便所の落書きだろ?」
  • 「ネットとリアルは人格違うから」
  • 「相手が悪いんだから叩かれて当然。アンチも多いし俺は悪くない」
  • 「最初に書いた奴が悪い。みんなやってんのになんで俺だけ言われるのさ?」

ここまでくると重度の薬物依存者で、こういった人たちには良心だとか、モラル教育が抑止力には決してならないことを物語っています。

余談ですが、彼らに苦言する人の中には、「誹謗中傷する人は元からそういう人種。依存症ではない」と語る人もいます。後述する発達障害起因の先天的要因ならそうでしょうが、精神疾患や病気、ストレスは後天的なものであり、なる前はいたって普通の人物だった可能性を考慮していません。

誹謗中傷中毒になる理由は多種多様であり、まるで「悪質クレームを入れる奴は元からそういう人」と通ずる、未経験で現実を知らないから言える視野の甘さを感じます。誹謗中傷問題を語るなら、そこもしっかり考えてもらいたいと思いますね。

発達・精神障害でそもそも理解できない人

そして次に、発達・精神障害が起因になっているケース。

自分も見聞きしたり、そうカミングアウトする人とのやりとりを幾度も経験しましたが、彼らは相手を悪意・故意関係なく、結果的に傷つけてしまった場合、他人事のような言動を繰り返したり、謝罪の言葉は口にしても反省も改善もしないケースが目立ちます。

なぜなら脳の構造上、思いやりや想像力、自分を客観的に見る『メタ認知』能力が乏しい可能性が高く、思っても言ってはいけない言葉や、反省や改善の意味がわからない(認知のずれで根本的な勘違いをしている)からだそうです。

一般的な人の場合、失敗すれば「これは悪いことだったんだな。確かに今思い返せば問題だと自分も思うし、落ち度があったなら次からはここを直して気をつけよう」と意識を持っていけますが、

  • 「何か悪いことした?」
  • 「へーそうなんですかー」
  • 「そういうことならそうなんでしょう」
  • 「反省って何? 謝るのが反省じゃないの?」

と、彼らは思いがちらしく、反省や改善って、自分を見直して相手のことを考える「客観的に見る力と思いやりの心」から生まれる概念ですからね。

謝罪の言葉は社交辞令・通過儀礼でしかなく、「客観的に何が問題かを見直し、改めるのか」まで考えないと意味がありません(「謝罪を強制する人はどうかと思う」と言う人も、このあたりをわかっていない場合が多いです。「謝罪しろ!」と声高に叫ぶ人も、謝罪の意味を歪曲していますが)。

彼らと幾度か見聞きし関わったから言えますが、本当に反省の意味がわかっておらず、悪いと思っていないから、一方的な被害妄想や被害者面、逆ギレをしがちで、だから上から目線に見えて反感を買われやすいんですね。

また、自分の中で定義した正義を固執(こしつ)するあまり、相反する相手を徹底的に攻撃したり、いうなら『正義潔癖症』とまで言えるレベルに達している場合は、建設的な話し合いはまず通じず、平行線になるだけでした。

彼らは思いやりやリスクの概念を深く考えずに感情的・衝動的に動くだけに、顔出しでも大して変わりません。精神・発達障害を公表する一部の有名人の発言・ツイートを見ればわかるとおりで、顔出し義務化では解決策にはならないと言える理由のひとつです。

もちろん、彼らのすべてが犯罪者予備軍ではなく、改善の努力を怠らない真面目な方もいるのは承知ですが、これは実体験のみならず、医師の人ですら認める事実。特に発達障害は病気ではなく個性だから、自覚しないと「直す(矯正する)」ことはできないそうです。

非行から見えてくるもの:1(藤川教授)|朝日新聞

注意欠陥・多動性障害(ADHD)|心療内科・精神科 キムラクリニック

医師も逃げ出す迷惑アスペルガー|治しやすいところから治す--発達障害への提言

アスペルガーは反省しないの?|アスペルガー特徴.com

誹謗中傷撲滅を訴えながら無自覚で誹謗中傷をやる人

上記ふたつの延長線上のケースで、誹謗中傷はダメと言っておきながら、実は自身も無自覚で誹謗中傷をしている(していた)のは非常にタチが悪いですね。いうなれば、いじめの根絶を訴えているが、当の本人がいじめを無自覚にやっていた」感じです。

たとえば、誹謗中傷行為を問題視しながら、自身の問題・攻撃的言動・暴言には反省せず、指摘には論点をそらしたり無視するか、屁理屈を述べて正当化して、開き直る人です。これも見た限りだと、「誹謗中傷被害経験がある、自分が正しいと思う感情的な人」がなりやすいようです。

彼らは誹謗中傷する人がニュースや特集で取り上げられると、

  • 「誹謗中傷するクズどもは死ね」
  • 「こういうゴミ(誹謗中傷する人)はさっさと死刑にしろ」
  • 「早く特定して晒し上げて報いを受けさせろ」
  • 「はよ○せばいいのに」

立場が違うだけで加害者と本質は同じであり、「誹謗中傷相手を誹謗中傷している」状態なんですね。

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拡散力が強い人だととても厄介

このタイプは著名人やアイドルがこじらせている場合もあり、影響力や拡散力が強いため、とても厄介な存在になります。

一例を挙げるならば、元子役のはるかぜちゃんこと春名風花さんのケースです。メディアなどで不当な人格攻撃や誹謗中傷への毅然とした対応の大切さを説いていて、このあたりは正しい行動なので異論はありません。

ただ、彼女は過去に罪のない一般人(退会済)を悪者扱いしたツイートへ便乗し、人間性を疑う暴言で応酬ツイートをして、彼女の一部ファンも加担する事態に。それを別の人たちから経緯や事情を説明されても、「私の主義主張だから認められない」と、誹謗中傷をしたことについて、一般人の方に一切謝罪をしなかった出来事がありました。

2020年に「あれは一般人にではなく、一般人を支持した一部の過激派が、わざと不愉快にさせる動画を見せて盛り上がる行動に怒っていた。断片的に切り取らず真意を見てほしい」と、彼女本人のものと思われる弁解記事をnoteに掲載したんですね。

しかしこれは、「一般人の方のアカウントを、自分が外野で追い打ちをかけて閉鎖させたのは誤解です」という内容で、「思想・持論を理由にして、結果的に一般人の方を誹謗中傷したことへの謝罪・反省」ではなく、当時の騒動を知る人たちが怒っているのは、後者の問題行動です。

もちろん、だから叩いてもいい理由にはなりませんし、彼女も意見を持つ自体はいいことで、誹謗中傷問題に立ち向かった姿勢は立派です。しかし、自分の過ちを棚に上げるのは卑怯というか、自己愛が過ぎるというか……弁解記事でも「私は常に正しい」という我(が)の強さがにじみでていましたね。

ゆえに「どんな理由でも、相手を不当に攻撃してはいけない」という言葉に関してだけは、彼女もまた加害者であり、未だ反省していないので、説得力を感じません。誹謗中傷へ毅然に立ち向かうだけではなく、どんな持論であれ、結果的に自身の行き過ぎた行動を素直に認め、反省することも同じぐらい大切。若気の至りとか関係なくですね。

それをしてはじめて、説得力が生まれますし、「思想から問題提起すること」と「攻撃的な強い口調を用いること」は全く別の話です。

彼女はその部分をおろそかにしていますから、鼻につく人が少なくないんでしょう。「君は過去に相手を誹謗中傷して未だ当人へ謝っていないのに、いざ自分の場合になったら被害者面するというのはどうなんだ」という、厳しい指摘を言われても仕方がないレベルです。

自分の誹謗中傷を棚に上げ、自身に向けられた誹謗中傷を許さない態度・姿勢は、多くの人から反感を買います。もちろん不当な攻撃への対応は正当ですが、どんな思想や理由であれ、自分の行動は客観的に見なければなりません。

「辛口」「毒舌」「批判」を言い訳に開き直る人

明らかな誹謗中傷行為なのに、当人は「辛口だから」「毒舌注意」「個人による批判だ」を理由に持ってくるケースで、こういった人は大体、『批判』と『批難』の区別がぜんぜんできていない人が多いですね。それゆえに、指摘されても「本音を言って何が悪い」「個人の意見だろ」と反省しないことがほとんど。

世の中には、そういった都合のいい言い訳を盾にして、炎上ビジネスを行う故意犯もいますからね。

上述しているように、批判(建設的批評)と批難(否定・悪口・誹謗中傷)は全く違うものです。このあたりは以下の記事で詳しく述べているので、参考にしていただければと思います。

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……で、このケースもまた、影響力が強い著名人がやっている場合があり、2021年にメンタリストのDaiGo氏が自身の動画で、ホームレスや生活保護受給者を人格否定・差別する選民・優生思想発言で物議を醸(かも)しました。

彼がこの件で一番問題なのは、こういった思想・差別発言をしても「辛口だから」を免罪符にし、過去にもそうやって言い訳に利用していることです。その理屈で言うなら、世の中のヘイトスピーチや差別発言も、すべて「辛口」で済まされてしまいます。

これって思想の自由や表現の自由を拡大解釈した、「誹謗中傷(差別行為)の正当化」なんですよ。一言で言ってしまうのであれば。

「個人の意見だから謝罪しない」なんてのは、社会人としては思慮に欠く主張で、メンタリストなら、自分を客観視してほしいものですね。正直、こういった人を見るたびに、「辛口・毒舌・批判を称するならば、まずは『正しい批判』ができるようになってからにしてほしい」とつくづく思います。関係ないけど動物愛護を変にこじらせた人って、なぜ人間にも優しくできないのだろうか。

当サイトでも「これは一個人の意見です」という注意書きを載せることはままあるものの、個人の意見でも誹謗中傷は絶対にしませんし、過激発言の言い訳にするのは情報発信者として失格だという認識で記事を書いています。だから、「自分の意見は間違っているかもしれない」という認識が持てて、明らかに間違っていたら素直に謝罪・反省できるんですね。

話を戻し、彼の発言に感化・支持する人たちを見ればわかるように、自分の権利や主張・主観的な正義の持論ばかりで、「なぜ彼らはそうなったのか」という客観的思考がめぐっていない場合がほとんど。物事に「木を見て森を見ず(一部分だけを見て全体を俯瞰〈ふかん〉して見ていない)」な状態です。

問題提起する自体はいいにしても、ちゃんと背景を調べずに語るのはよろしくなく、ヘイトスピーチなんてのはもってのほか。世の中、確かに立場を悪用して都合よく甘えたり、非常識で加害行動や問題行為を繰り返す社会的弱者が一定数いますが、同時に、その生きづらさを持ちながらも頑張る人、その日暮らしで大変な人もいるのも事実です。

このケースは彼特有の問題ではなく、繰り返しになりますが、「辛口」「毒舌」「批判」と言っておけば、誹謗中傷が許されると思うのは大間違いです。まずは批判と批難の違いをしっかり理解してもらいたいものですね。

これもまた、誹謗中傷が一向になくならない理由になりえるでしょう。だって当人たちは悪意がなく、自分が正しいと信じて疑わないんですから、その自身のエゴと認知が変わらない限り、同じように繰り返しますよ。

追記

後日この件でDaiGo氏は、「自分が無知だった。ちゃんと施設や団体に訪問して現状を理解する」と謝罪しています。ただ上述のように、ここの節は「彼」を問題提起しているのではなく、「謝罪前の彼のように、都合よく開き直る人が一定数いる」という話であることは、取り違えのないようにお願いいたします。

メンタリストDaiGo氏、ホームレスの人への差別発言で「炎上」|毎日新聞

松丸亮吾、兄メンタリストDaiGo“差別”発言謝罪「論破するまで怒る」|日刊スポーツ

「ホームレスの命どうでも…」配信が批判されるべき理由|朝日新聞

「メンタリスト」DaiGoさん 生活困窮者への“差別発言”で謝罪|NHKニュース

自分が信じたいものや風潮に固執・鵜呑みにする人

自分が信じている思想や情報・風潮に、固執や鵜(う)呑みにした結果、誹謗中傷になっているケースですね。

いわゆる『デマ拡散』や、『陰謀論』『ネット右翼(左翼)』『ツイフェミ』といった思想と様々で、これらはネット・SNSの中だけにとどまらず、企業や団体にも実害が出ているなど、社会問題になっています。

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だいたいこういう人たちって、よく言えば「純真」、悪く言えば「おつむが弱い」んですよね。

ネット・SNSの世界なんて、そのメリット・デメリットを理解する人たちからすれば、これらの情報を疑うのは当たり前なんですが、彼らはそれがわかっておらず、自分が信じたい情報や過激な内容を見て感化され、自身もまた過激な思想に染まってしまいます。

2019年には、堀ちえみさんに誹謗中傷をした主婦が警察に検挙された事件がありましたが、当人は誹謗中傷をしていることすら自覚しておらず、むしろネットの情報を鵜呑みにしているだけで、悪意が全然なかったことが明らかになっています。

ある意味では日本人の悪い風潮とも言える、「集団主義的で自分の意見を持っておらず、すぐ意見に流されたり手のひら返しをする」タイプでしょう。

  • 「周りがやっているから」
  • 「ネットには真実が書かれている(ネットde真実)」
  • 「SNSでこれだけ拡散されているから」
  • 「こういうノリが流行っているから」
  • 「ネット・SNSは何をやってもいい」
  • 「面白ければなんでもいい」

上記を見ればわかるように、リテラシーがあまりにも低いんですね。

集団主義的な思想で行動し、言及されれば無視したり、誰かや何かのせいにする人が一定数いるのは、記事前半で述べたとおりです。「無知(無恥)は罪」というか、誹謗中傷中毒とはまた別のベクトルで恐ろしく感じますね。

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彼らはネット・SNS上の極端な意見をそのまま借りているだけなので、誹謗中傷をしている意識も罪悪感もありませんし、悪いとそもそも思っていないですから、非を認めることは皆無(かいむ)でしょう。

それゆえに、論理破綻していようが矛盾していようが、主張にロジック(論理)もエビデンス(論拠)も関係なく、自分の主張を感情と勢いで押し通そうとする姿勢もよく見られます。『ツイフェミ』などのジェンダー(性別)関連だと、「差別廃止を訴えているのに、当の自分が差別的になっていて、それに疑念すらも抱かず自分の主張を押し通す」という笑えないケースも実際に見られるものです。

こういう人たちを見ていると、「彼らのようなリテラシー能力が低い人たちにも、ネット・SNSで書き込む権限をあたえることは、果たして正しいのか?」と疑念を抱いてしまいます。言論の自由があるとは言いますが、書き込むならちゃんとリテラシーを身につけ、繰り返すように、自分の言動は客観視してほしいものですね。

堀ちえみのブログに「死ね」「消えろ」 脅迫容疑で50代主婦を書類送検 専門家は「SNS過激発言」に注意呼びかけ |zakzak

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なくならないから救済システムと厳しい罰則が必要

……以上のように「誹謗中傷する人の大半」は、上記の症状をこじらせた人たちだと考えていて、悪意ある書き込みや特定晒しで検挙された人が数多くいるのに、未だ書く人が後を絶たず、動機も悪びれたり反省もしていないのは、この理由だとつじつまが合うのではないかと。

彼らへの話し合いや意見・指摘は、平行線になるだけでこちらが疲れるだけであり、最悪の場合、歪んだ認知だからこそ逆恨みされる可能性もあります。

特に論理破綻した自己正当化や、意味不明な言動で被害妄想に囚われている相手は要注意で、さりげない善意・老婆心が、不幸の引き金になってしまいかねません(経験者は語る)。

ゆえに教育や良心では抑止力にならず防ぎきれず、今後もなくなることはないので、告訴のハードルを下げたり、被害者のケアが行える救済措置や、罰則に重点を置くのが効果的に思います。海外の誹謗中傷対策もそういった対処を重点的にしていますからね。

最後に:もはや「便所の落書き」は通用しない

元2ch創設者のひろゆき氏がテレビのワイドショーで「所詮は民間会社がやっているサービスに過ぎない。嫌ならSNSやめればいいんですよ」と言っていましたが、それは今の無法地帯ぶりは普通だと言っているようなもので、自己責任論を持ち出し、臭いものにフタをしただけの極論です。

利用しない勇気、使わない意思を貫くのは正しい選択のひとつですが、かといってSNS(ネットも含む)は昔言われたような便所の落書きではもうありません。民間企業の一サービスであっても、社会的影響力は無視できないものになっています。

仮にSNSをやめても、自分が知らない関係ないところで火がつき、それが伝言ゲームのように回り回った結果、風評被害や実害に繋がってしまえば、「嫌ならやめればいい」が根本的解決にはならないことがわかるはず。

誹謗中傷やマナーの問題を除けば、SNS自体は便利なツールであり、より便利にするためにルール作りをしっかりしていくのは、何らおかしなことではありません。むしろ「ネット・SNSは悪口もバッシングも私刑(制裁)も何書いてもいい」という無法地帯を許している、今の風潮・システム自体がおかしいと言えます。

ひろゆき氏の意見は参考になる場合もあるけど、今回のように極端な意見が鼻につくし、ヘラヘラしながら人を小バカにするかのように話す口調や表情、威圧感のある目を見開く表情・視線が多いから、個人的に苦手なタイプ。

ちなみに、誹謗中傷する人は全ネットユーザーの中でも0.5%以下だと2016年に統計したデータがあるらしく 、動機もほとんどが愉快犯的行動ではなく、独善的で歪んだ正義感からだったそうです。記事の内容的には批判じゃなく批難が適切ですが、山口氏の著書は誹謗中傷を統計学的観点で見ているため、参考になりますよ。

ネットの誹謗中傷、参加するのは「ネットユーザーの1%未満」 コロナで増加、その実態は? 山口真一氏に聞く|弁護士ドットコム

0.5%と言われると本当にごく少数だと錯覚しますが、この確率を人数で計算すると、ざっと50万人(ネット・SNS利用者を1億人と仮定)はいる形です。たかが50万人されど50万人ですし、ひとつの内容でも気が滅入るのに、その「正義中毒に侵された悪意のない50万人」が複数回も書き込んでいるのだから、たまったものじゃありません。

「かつて、こういった無法行為がまかり通っていた汚点の時代があった」と語れるよう、ルール作りと救済措置、厳しい罰則を設ける風潮は今後も続いていくべきでしょう。

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