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雑記他

雑記

悪質クレーマーや詐欺、あおり運転、生徒・教師同士のいじめ、有名人の問題発言、腐敗した組織の不祥事と、モラルを疑う行為やハラスメントが次々と明らかになる昨今。皆さんはどのようにお考えですか?

おそらく大多数の人が、

  • 「許せない」
  • 「親の顔が見たい」
  • 「罪の重さを自覚しろ」
  • 「被害者が可愛そうだ」

と、思うでしょう。これは自分もそうですし、人としてあるべき善い感情です。

しかしながらネット・SNSを中心に、そこからエスカレートして彼らの個人情報や実名を我先にと捜索(そうさく)・特定して晒(さら)したり、誹謗(ひぼう)中傷や人格否定で叩き、炎上させようとする制裁行為があります。

いわゆる『ネット私刑(特定晒し・謝らせて死なせたい病などとも)』と呼ばれる行動で、少し古いデータですが、日本人の6割は私刑行為に理解を示し、必要と感じたり、賛成だと考えているそうです。 


また最近では、少しニュース関連を検索しても、

  • 〇〇事件の犯人は誰?
  • 〇〇殺人の容疑者を特定! 本名、経歴は?
  • 〇〇容疑者の素性がヤバイ!
  • 〇〇の問題行動や炎上まとめ

と、このような行為を肯定するような見出しのブログ(トレンドブログ・まとめコピペブログ)も珍しくなくなりました。しかし、ネット私刑(私刑行為)というのは、本質としても法律的にも大変問題が多い行動なのをご存知でしたか?

一体ネット私刑という行為は何が問題なのか、今一度再考するきっかけになれば幸いです。

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法的観点からの私刑行為

まず結論から申し上げると、私刑行為自体が犯罪であり違法行為です。

【日本国憲法第三十一条】何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。(原文ママ)

電子政府の総合窓口 イーガブ


そう、私刑はそもそも「犯罪」です。つまりネット私刑も必要・賛成という人は、「犯罪行為に対し、制裁の名目で犯罪を犯してもいい」と、おかしなことを言っている形になります。

「報道・マスコミなどのメディアが、国民の知る権利を阻害しているから」という反論もありますが、「知ること」と「制裁・叩き行為」は別問題。

中国の『愛国無罪(暴力行為でも愛国心の行動なら無罪)』ではないのだから、情報を知る自体は良くても、そこから個人情報などを公開して当事者の行動制限や罪を裁くためには、法的なプロセスを経なければなりません。知る権利を盾にし、それをすれば法治国家ではなくなってしまうし、許されるのはフィクションの世界だけです。

悪人だから、国民も制裁を加えなければならない」「報道メディア・週刊誌だって同じことをしている」という意見も、結局は私刑を正当化する大義名分に過ぎず、開き直りでしかありません。

前者の場合、無関係の冤罪(えんざい)だったらどうするのか、犯人だとしても「これだけの社会的制裁を(ネット・SNSから)受けた」と罪が軽くなるといった、判決に影響が出る可能性も一部で指摘されています。それを私刑賛成派は望んではいないでしょう。

後者だと、報道メディア・週刊誌は噂話でもしっかりと裏取り調査と証拠集めを長期間行い、仮に誤報を発信した場合は第三者によって調査が行われ、最悪謝罪会見や訴訟沙汰へと発展し、責任を取らされます。加熱報道なども問題があれば、上司や委員会などを通じて、訓告や処罰をされるものです。

しかしネット・SNSの場合は、「なんか似ているから」「それっぽいから」という理由だけで、情報の精査・調査も行わず、早いもの勝ちレースのように競っては一方的に決めつけ、誤報には発信者も拡散者も、責任を取らず謝罪もせず、なすりつけ合いや削除する逃亡行為がまかり通っていますよね?

仮にメディア・週刊誌に問題があったとしても、だから同じようにやってもいいと考えるのは子供の発想で、相手に非があればバッシングや暴言を吐いてもOKというのは、悪質クレーマーの思考そのもの。理論武装しようが大義名分を掲げようが、ただの自己正当化と開き直りでしかなく、その振る舞いは加害者と変わりないでしょう。

合法だったら正義とは主張しませんが、かといってそのような行為は慎(つつし)まなければなりません。警察も法的処置や被害届が提出・受理されない限り動かないだけで、何も言われないから、相手に非があるから何しても問題ないと考えるのは大間違いです。

ネット私刑をする心理は本当に正義感?

そしてネット私刑は主に、事件・事故・不祥事の当事者を許さないと思う、正義感からの行動と言われます。しかし違法なのをひとまず置いておき、本当に正義感から行っているのでしょうか?

スマイリーキクチ中傷被害事件 』から考えてみましょう。20世紀末から21世紀初頭にかけ、ネットや暴露本などを通じて「ある凶悪事件の犯人」だという濡れ衣を着せられ、10年近くも心ない誹謗中傷に晒され続けた事件です。


何人かが警察に検挙され、彼らの動機を見てみると、

  • 「ネット・暴露本にだまされた」
  • 「最初にデマを書いた奴が悪い」
  • 「みんなやってるだろ」
  • 「人間関係など私生活で辛いことがありムシャクシャしていた」
  • 「離婚して辛かった。キクチはただ中傷されただけで、自分のほうが辛い」
  • 「他の人は何度もやっているのに、なぜ一度しかやっていない自分が捕まるのか」
  • 「キクチは芸能人だから書かれてもよいが、自分は一般人で将来もあるから嫌だ」

彼らの意見を見て、正義による制裁や被害者を考えていると思いますか?

むしろ「なんて自己中心的な!」「自分ばっかで、被害者のことなんて本当はどうでもいいんだね」と感じる人が多いのではないでしょうか。しかもこの加害者たちは、キクチ氏に対し最後まで謝罪をしなかったそうです。

キクチ氏自身も、「彼らには情報の精査・自分で考える・情報を疑う能力が欠けている」と、刑事の方の話から自著にそう記し、検挙された人は心の底からの正義感で動く人は少なく、ほとんどは日常や社会などの不満を正義感に変換して、行為を働いているのが分かりますね。

彼らにとっては正義感とは二次感情に過ぎず、

日常や社会に不満 → このイライラのはけ口が欲しい → 事件が起こる → 許せないと感じる感情 + 発散したい思い → ネット私刑行為 → 快感(発散) → 以降も繰り返す(誹謗中傷中毒)

少なくとも、この事件における行動原理はこのように表せます。

実際、検挙されなかった加害者の中には、その事件の被害者をも侮辱(ぶじょく)し、茶化す書き込みもあったそうで 、正義どころか犯罪者と同レベルの所業です。


情報を精査せず極端な論調に呑まれて集団過激化するのを、専門用語で『サイバーカスケード』と呼び、「自分で考えた意見」を持たない場合も少なくありません。誰かの意見を受け売りで振る舞うだけなので、「コピペしただけ」「沢山いるからばれない」になり、すぐ手のひらを返すんですよね。

そう考えると、歪んだ自己肯定感・メタ認知の低さも要因になり得ます。

  • 自己肯定感】自分の心と向き合い、背伸びしない本当の姿を認める意識のこと。自己肯定感のバランスが悪いと、ごう慢・誇張・嫉妬・劣等感など、相手を高圧的に見下したり攻撃的になる。
  • メタ認知】自分を客観的視点で見る能力。メタ認知が低いと、歪んだ認知や聞く耳を持たない独善的行為など、自分を正当化し、感情的・衝動的な主観行動が出やすくなる。

自分に自信がなく(もしくは自意識過剰〈かじょう〉)、自分を客観的に見られない人であればあるほど、自己顕示(けんじ)欲・承認欲求が高まる一方なので、正義の味方や善良な市民と称し、感情的行為を働く可能性が高くなるということです。

2020年の新型コロナウイルスによって発生した『自粛警察(自粛強要や中傷ビラで悪質な嫌がらせをする人)』や『コロナバッシング(感染者叩き)』も、歪んだ自己肯定感やメタ認知の低さで発生した典型例であり、これらは正義などではなく、感情コントロールができない人の身勝手な自己満足になっています(もちろん、その加害者を強い言葉で叩いてバッシングする人も同類です)。

これが深刻化すると『誹謗中傷中毒』と呼ばれる薬物依存症に似た状態になり、罪悪感を感じなくなり善意の呼びかけにも応じなくなります。直すにはその人の生活改善のみならず、カウンセリングや病院での認知改善や精神医療も視野に入れないといけません。

別の行動原理・心理

二次感情による怒りのすり替えや、リテラシー能力が乏しい、誹謗中傷中毒のほかに考えられる行動原理・心理としては、以下のケースが挙げられます。

  • 脳の疾患・性質・ホルモンバランス説】脳腫瘍(しゅよう)、生まれ持った脳の反応、PMSなど。
  • 精神疾患・発達障害説】アスペルガー症候群、統合失調症、自己愛性・強迫性といった一部のパーソナリティ障害など。

なおこれはあくまでも、医学的観点からの「考えられる要因」「傾向」による仮説であり、決めつけやレッテル貼り、ヘイトの目的で書いているワケでないのはご容赦願います。

脳の疾患・性質・ホルモンバランス説
たとえば、認知症や脳に腫瘍ができてしまうと、性格がまるっきり変わってしまい、元々おとなしかった人が攻撃的になったり、口が悪い人になってしまうという事例は、経験がある人なら分かると思います(脳の腫瘍は映画『グリーン・マイル』でもありますよね)。

そのため、結果として問題だったとしても、本人の真意ではなく「つい」行ってしまった……という可能性もあるでしょう。

認知症に及ぶほどの高齢者のネット・SNSユーザーは、他世代と比較すると少ないので微妙なところですが、脳の腫瘍については中高年世代でも若い世代でも陥る可能性があり、適切な治療やネット・SNSのつき合い方を考えなければなりません。

また、感情を司る脳の扁桃(へんとう)体が大きく、論理で考える前頭葉が(相対的に)小さい人は、論理よりも感情が先行したり、ストレス耐性が低い人、うつ状態の人は扁桃体が肥大化しやすく、(自制心や解消する方法を学ばない限り)直情的・感情的・攻撃的になりやすいそうです。

女性の場合なら、生理前によるホルモンバランスの影響で、意図せず攻撃的になってしまったりする『PMS(月経前症候群) 』のケースもあり得ます。


精神疾患・発達障害説
書き込みに直接影響が出やすい精神疾患・発達障害は、


これらが挙げられますが、医学的見地から言われている傾向として、

  1. 極論でしか見れない】正義か悪、100%正しいか間違いかの極端な二極思考でしか物事を見られず、感情コントロールもできない。『1ビット思考』とも。
  2. 自己愛が強く自分が絶対に正しいと思い込む】「私は正しい・あなたは間違ってる」認識が強く、主張が一方的で意見に聞く耳を持たない。こだわりが強く頑固者。歪んだ正義感。
  3. 無自覚なダブルスタンダード】実際はその加害者と同じことをしている自覚がない。もしくは自分だけは許されると都合よく思っている。同族嫌悪。
  4. 思い込みが激しく被害者意識が強い】独善的解釈や自己投影などで被害妄想が強くなる。ひどい場合は対象や事案にずっと恨みを抱き、粘着・ストーカー行為まで行う。
  5. 一部の情報だけで結論や答えを求めようとする】『結論バイアス』と呼ばれる症状。少しのマイナス意見で全否定したり、耳障りのいい情報しか集めずに決めつけるのも同様。
  6. 拡大解釈をする】「だろう」「傾向がある」といったぼかし表現を、「決まっている」「全員」と断定的な単語・意味にすり替える。
  7. 言葉選びが下手】思ったことをそのまま出し、本人は無自覚でも客観的に見て攻撃的、誹謗中傷的な内容になる。感情的な物言いも多い。
  8. 反省・謝罪・改善しない】非に謝罪をしないか、謝罪した風を装う。反省の意義と意味が分かっていないので、再び同じ失態を繰り返す。
  9. 知識が偏(かたよ)る】特定の事象・情報には興味を示し徹底的に追求するが、必ずしも客観的見地を持っているとは限らず、独善的・偏った知識になる。
  10. 空気・文脈が読めない】行間や文脈が読めず額面どおりに受け取り、過剰反応や見当違いな持論展開、支離滅裂でトンチンカンな意味不明コメントを出す。

……と、これらの症状の程度の差は人により様々で個人差はあれど、大まかには上記が特徴だと言われています。


要約すれば、脳の先天的・後天的な要因から、直情的な感情の正義だけが先行して、衝動的に行ってしまうパターン。

(そうと仮定したとして)こちらはある意味「純粋な気持ちからの正義感」と言えるかもしれませんが、仮に病気・障害起因だったとしても、本心ではないにしても、そのつもりは全くなかったとしても、直情的・独善的な考えでやった行為が容認されることは決してなく、免罪符(めんざいふ)にはなりません。

理解と寛容(許容)は別問題で、上に書いたとおり、「実際は加害者と同じことを無自覚でやっている」のは典型例で、「本質が同じレベルの人同士が、価値観の相違で同族嫌悪しあっている」としか見えないんですよね。

「こういう症状・障害・病気だから」で努力できない言い訳にするのは論外で、それは同じ悩みや生きづらさを持ちながらも頑張る人たちにまで、信頼性や心証が悪くなるだけです。こういった意見に対する「彼らの中には天才肌、社会で活躍する人や偉人もいる」は確かに事実ですが、それはそれ、これはこれ。

重ねるとおり、この2つの説は「考察による可能性・仮説」です。「知識」の話であって、医者じゃないのに傾向だけで相手を病気や障害と決めつけるのは、ネット私刑と同じく許される行為ではなく、該当者全員が行為に賛同しているワケでは決してありません。

なおこれらについての別の考察や体験談については、以下の記事などにありますので、ご興味があればご覧ください。



ネット私刑のビジネス・娯楽化

そして、この私刑感情を利用してアクセス稼ぎによる広告(アフィリエイト)収入を得ているのが、上述した犯人特定・経歴・顔画像などを掲載する、時事・事件系を代表とするトレンドブログ・まとめコピペブログ(キュレーションサイト)の記事です。

彼らも「ビジネス」として加担していますが(ただし違法の自覚・認識は低い可能性が高い)、2019年の高速道路あおり運転にて、拡散された同乗女性(ガラケー女)が全く無関係な女性だと判明すると、謝罪も訂正もせず消した運営者が多く見られました。 


彼らは正義や被害者の救済は考えてはおらず、一番に情報を載せたい自己本位な競争心・我欲と、目先のアクセス目当て=広告収入が目的だった証左であり、大変責任感に欠け、モラルが問われる行動です。魚拓やキャッシュでバレるのにね。

物書きの観点から見ても質が低く、文末も「いかがでしたか」「調べてみましたが分かりませんでした」などで締める素人作業。悪質だと様々なサイトから無断転載し、『SEO(検索優位性・最適化)』を悪用した粗悪記事の量産を行って検索順位を上げ、大量の広告で利益に結びつける業者もあるそうです。

書けるライターやプロの人は、高いリテラシー能力で情報リサーチし、「調べに来ている → 最後まで知りたい」を熟知しています。ゆえにこのような引用ばかりで中身がスカスカな記事を手がけたり、執筆放棄な行動はしません。

所詮は素人の「ネットで稼ぐ」だから、委託執筆でも良心も正義も何もない。お金稼ぎ自体は悪いことではありませんが、相手を不当に傷つけて利益を得ようとする「拝金主義に毒された卑(いや)しい人間の愚行」は批判されてしかるべきです。

もし収入目的でなければ承認欲求や自己顕示欲を満たそうと、炎上やウケそうな記事を書くだけの寂しい人でしょう。しかし、そういった内容でアクセス数が伸びるのは、その情報を求めている層が一定数いるからでもあります(需要がなければそのような記事は書かない)。

ネット私刑を必要・賛成と考えるならば、これらの冤罪被害に対し、

  • 「真犯人特定への仕方のない犠牲」
  • 「冤罪は運が悪かった」
  • 「間違ってたら謝らずに消せばいいや」

このような無責任がまかり通っている状態はどう説明するのでしょうか?

先の冤罪女性の件はツイッターをはじめとしたSNSでも、デマ拡散した人たちが検挙を恐れ、証拠隠滅目的で削除していましたからね。さらに「発信者が一番の悪」と、責任のなすりつけ合いまで横行し、これで「正義感・許せない心から、断罪・制裁するために私刑は必要だ」だと説得力がなく、根幹も揺らいでしまいます。


次に同年に起きた神戸の教師いじめだと、加害者教師の謝罪文を赤ペン先生のように添削 したり、動画を生配信して学校を突撃 したり……


「いじめ教師(組織)を許さない」ではなく、「いじめ教師(組織)のいじめに面白がっている」状態に変わっています。いじめ(パワハラ)を許すなと言いつつ、その加害者を匿名空間でいじめる矛盾行動は問題でしょう。チビッコのモラル・ネットマナー教育にも悪いよね。

正直自分は当事者より、いじめ加害者をいじめるのを楽しむ、善良な市民の皮をかぶれば誹謗中傷も容認される、今のネット・SNSの風潮のほうがよっぽど闇を感じて恐ろしく感じます。その加害者・当事者と同じ行為であり、同族嫌悪だって気づかないものなのか……

数百年前の人類と変わっていない?

そもそも私刑という行為は昔からあり、いわゆる『村八分(村内でのいじめ)』『魔女狩り』などが該当します。「疑わしきは罰せよ」「みせしめ」として側面が強かった悪しき風習ですが、文明もモラルも発達した21世紀では、これらがネット私刑として形を変えたとも言えます。

さらに歴史をさかのぼれば、古代ローマ時代のコロッセオは「罪人や剣士に殺し合いをさせて、自分たち(観客)は安全圏から面白がっている」ものでしたが、この「安全圏から、誰かを煽(あお)ったり対象が攻撃される様を娯楽にしている」という意味では、本質は同じものでしょう。

つまり必要・容認するとは、これらの行いを楽しんでいた当時の人類と精神構造が同じといえるかもしれません。それとも、人間はそういう下賤(せん)な行為を昔から繰り返してきた、攻撃的で野蛮でゲスなのが本質の生き物だと開き直るのでしょうか?

最後に:ネット私刑って本当に必要?

冒頭のとおり、事件・不祥事・ハラスメントに対して「許せない」「被害者が可愛そう」と思う自体は人として正しい反応です。しかしながら昨今見かけるネット私刑の数々は、

  • 私刑は犯罪行為である認知が低い。
  • 正義感は二次感情で、日常・社会の不満やそれを発散したい思いが大きい。
  • 歪んだ自己肯定感やメタ認知能力が低いので、晒し・叩きが快楽中毒(薬物中毒)のように、依存性が高く繰り返される誹謗中傷中毒。
  • ネット私刑そのものがビジネス・娯楽と化している。
  • デマや誤報に対し、風評被害・冤罪被害者へ謝罪する人がほとんどおらず、自己保身や証拠隠滅を図る。

と、様々な問題を抱え、加害者たちと同様にモラルが問われるもの。過去にも「匿名だしばれない」と思って逮捕・検挙された人は数多く(侮辱罪や名誉毀損〈きそん〉罪など、別の罪状が多い)、法の認知度やリテラシー能力が高まらないと、今後も感情を先行させて、必要悪だと唱える人は増え続けるでしょう。

重ねますが、ネット私刑は憲法第31条に違反する犯罪です。相手が犯罪者だとしても、知る権利だとか私刑の制裁・国民の断罪が必要とかではなく、そもそも「違法行為」。それは正義ではなく、感情コントロールすらできない人が「俺が気に入らないから」と、大義名分で「善良な市民」と称して自警団を気取るだけの、身勝手な自己満足や同族嫌悪でしかありません。

怒りの感情を抱く自体は分かりますが、そこから逸脱して感情優先で法を破ってもいい理屈にはなりませんし、今一度自己を見直して、客観的・論理も踏まえて冷静にありかたを考えるべきでしょう。

別記事:アンチネット私刑問題と誹謗中傷はなくならない問題

ネット私刑をする人を特定し、その相手を名指しで糾弾(きゅうだん)や晒すという『アンチネット私刑』とも言うべき人と少々関わったことがありますが、「ネット私刑をネット私刑する」状態でしたね。

当人は「私は発達障害です」とおおっぴらにしていただけに、先述した起因説そのままの相手で、発達障害を都合よく免罪符に利用し、それに悪びれないどころか開き直っている悪例です。もちろん誰だったのかは伏せていますが、その人に関しての出来事を詳しく触れています。



また私刑と同じく誹謗中傷も社会問題ですが、なぜなくならないのかを心理とタイプ別、なくならない根本的原因を考察してまとめました。双方の問題を深く理解するためにも、参考のひとつにしていただければ幸いです。

11月の前半に資格の試験があるので、終わるまでは絵描きや更新が少し停滞します。ご了承ください。

絵描き・物書き・デザイナー・HTML/CSSコーダーの京都生まれなウサギ好き。「ネチケット(ネットマナー)やネット・情報リテラシーの扱い」「批判と批難(非難)の混同・誤用」には少々シビアで、性別問わず好きなタイプは「反省と改善の努力を惜しまない人」。長文や理論を分析し、簡潔に分かりやすくまとめるのが得意なため、リアル・ネットを問わず、各所からご好評をいただいております。