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雑記他



昔、セミナーも兼ねていた某パチンコ会社の企業説明会を受けたことがあり、会社自身も世論におけるマイナスイメージは自覚していて、それらのイメージをなんとか払拭しようと、完全禁煙や貸し玉の低価格化、騒音対策、景品はすべて日用品と悪いイメージをできるだけ払拭し、市民プールや遊園地のような大衆向けアミューズメントにしようと日々の努力を色々と惜しんでいるとのことでした。

その同時期にJ-CAST(正確には週刊ポスト記事)が『福島被災者の一部は働かずパチンコ三昧をしている』……という記事を掲載し、案の定、パチンコの是非のみならず、不要論・害悪論とも言えるバッシングが多く見られました。今回に限らず、パチンコの話題になると否定論調が噴出しますよね。

自分はパチンコ好きとかそんなことはなく、むしろ激しい光の点滅や音で、射幸心を煽(あお)って楽しむゲームはそもそも苦手です。ゆえにゲームセンター通いもしません。

しかしながら世論のマイナスイメージが強いことを差し引いても、ネット上のパチンコ否定は極端で行き過ぎているなと思うところがあるので、なぜパチンコは印象が悪いのか、そしてパチンコ不要論・害悪論の問題点も述べていきます。

これは一個人の意見です

他の様々な意見・視点も取り入れてください。


マイナスイメージがある理由

ではなぜパチンコはイメージが悪く、合法賭博だと世論は考えてしまうのか。これは推測ですが、

  • ギャンブル(パチンコ)はダメという認識や依存症問題
  • メディアがパチンコに対して悪い部分のみ報道する
  • 子供の車内置き去りなどの非常識な利用客が起こした事故
  • 売上金が裏組織に……というフィクションの設定づけ
  • タバコ臭い・うるさい等のネガティブイメージや印象論
  • 昔から改革されていないパチンコ店が近所にある
  • 朝鮮人が運営していた歴史があるから(朝鮮玉入れ)

などが挙げられるでしょう。「特に才能も技能もない、暇を持て余した貧乏人の娯楽」みたいな印象も後押ししているでしょうね。

しかし、これらの情報はほとんど感情で判断した一方的視点が多く、いわゆる『確証バイアス』『認知バイアス』と呼ばれる症状を引き起こしかねませんし、実際、ネット・SNS上の不要論・害悪論は『サイバーカスケード』という心理現象を起こしています。

  • 確証バイアス】自分が信じたいものや正しいと思いこんでいることを確定的にしようと、都合の悪い情報は無視し、耳障りのいい内容ばかりを収集する。
  • 認知バイアス】少しの情報だけで決めつける行為(偏見〈へんけん〉・先入観)。たとえばテレビで事件の犯人がアニメグッズを持っていたと報道されると、「アニメオタクは犯罪者予備軍だ!」と考えたり、一部の深夜アニメで「今の日本はキモい萌えアニメしかない」と言っているような状態。
  • サイバーカスケード】自分で考えることをしない人を中心に、特定の場で極端な論調に集団が流され、過激化する行為。まとめコピペブログ・トレンドブログのコメント欄やネット掲示板(5chなど)の書き込み内容が典型例。

日本ではお金は卑(いや)しいし金稼ぎは悪という、刷り込み教育から生まれた誤った考えや、真面目で慎(つつ)ましく、勤勉であることが美徳とされている文化が未だ根強いのも、パチンコやギャンブルを否定する風潮を後押ししている要因でしょうね。

日本でもカジノを作るカジノ法案は市民からの反対運動が大きいですが、色々言っておきながら、結局はこういった背景の側面があるからだと考えられます。




その主張、ダブルスタンダードになってない?

よく「宝くじもパチンコと同じギャンブルではないか?」という質問に、「夢を買っているだけ」「依存性は低い」などと、質問サイトなどではもっともらしい内容がよく書かれています。

しかし正直これは『ダブルスタンダード(二重規範・自己矛盾)』でしかありません。要は同じギャンブルの括りでも、「パチンコはダメ、でも宝くじはいい」と都合良く考えてるに過ぎず、自分からすれば、宝くじもパチンコもお金をつぎ込むギャンブル。

本心は「だってパチンコ嫌いだし」なのに、「印象」という主観的な軸で、統計だの歴史だのを持ってきて、「俺は正当な批判をしている」という風を気取って不要論・害悪論を語っているだけです。人間は好き嫌いの感情や相反する対象を、誰かの意見や統計を鵜(う)呑みにして自分を安心させたり、理論武装して正当化を図ろうとする悪癖がありますからね。

そういった人ほど、先に述べたダブルスタンダードに陥りやすくなります。視野を広めるために理論武装をするのではなく、自分を正当化するために理論武装をするワケだから、穴が生まれやすいのです。

正当な批判は結構ですが、正しい批判には「良い部分や褒めること」も大切な要素です。議論(ディスカッション)や討論(ディベート)をしたことがある人なら分かるはずで、批判(建設的批評)と批難(感情的否定)を同一視していませんか?



最後に:批判と批難を同一視すべきではない

パチンコは激しい演出が苦手で自分からやることはないですが、かといって世論やネット・SNSのパチンコを敵視して叩く風潮には問題があるのではと思います。正当な批判はいいけれど、その理論は、バイアス(思い込み)にかかっていない客観的な姿勢で収集しているのでしょうか?

特にネット・SNS上では過激化しやすく、感情ばかりで考えるがゆえに批判・批難を混同する人、とにかく喧嘩腰で攻撃的な人、文字は分かっても文が読めないような人にも遭遇するので、不毛で平行線な罵倒(ばとう)合戦になりがち。自分は問題提起する場合はあれど、オンライン上で議論・討論を持ちかけたり、やろうとも思いません。

やるなら非言語コミュニケーション(相手の表情や声の抑揚など)も必要な、リアルの世界で実際に顔を合わせて議論・討論をやったほうが有意義ですね。

そのパチンコ否定は、もっともらしい統計や歴史・依存症問題を持ち出したり、正論や大義名分を言っておいて、実は「だってパチンコ嫌いだから」の感情が隠されているのではありませんか?

まあ不要とか害悪を持ち出すには、嫌いの感情が前提にないと成立しないんですけどね。

今更ながらDCコミックドラマの『アロー』をシーズン3途中まで観た。

『フラッシュ』などのDCドラマ後続シリーズの大本だから、先に『アロー』を観ておいたほうがよかったのかもしれない。『ゴッサム』並に話がシリアスで重いけど。

吹き替えにおける『アロー』のシスコ初登場時の声と、『フラッシュ』でのシスコの声がぜんぜん違っていて驚いたね。同じ声優さんっぽいし、初登場時はあんなにも男らしいドス声だったとは……

絵描き・物書き・デザイナー・HTML/CSSコーダーの京都生まれなウサギ好き。「ネチケット(ネットマナー)やネット・情報リテラシーの扱い」「批判と批難(非難)の混同・誤用」には少々シビアで、性別問わず好きなタイプは「反省と改善の努力を惜しまない人」。長文や理論を分析し、簡潔に分かりやすくまとめるのが得意なため、リアル・ネットを問わず、各所からご好評をいただいております。