
2018年のX(ツイッター)を見ていると、話題になっていた内容がありました。
例えば「今週は暑かったのでうちの会社はサンダル出勤もOKだった」という呟きが拡散されると
— Eva (@cnntnst) May 25, 2018
「何故今週だけはOKなんだ?」
「サンダル無い人は来るなって?」
「暑いならともかく基本はNGだろ」
といった”文字は分かるが文は読めない”人が必ずいて、国語力が無いと無駄に苦労するよなと感じます…
これは本当にそのとおりだと思いますので、実体験などを元に話を掘り下げていきます。

文章の句読点が不適切など、文章構成の問題ではないのか。

誤解されるのは、文法やたとえ話が適切じゃないから。
上記内容の例文へ固執(こしつ)して、字面やニュアンス、たとえ話の書きかたの問題だと述べる人たちがいましたが、彼らも行間が読めておらず、ある種の証明になっていますよね。
CHECK!
文章になぜ他責的・喧嘩腰な態度で噛みつくのか。不明点なら建設的に質問すればいい話で、非生産的な行動を選ぶのか。字面やたとえ話にツッコむ人は、これが問題の本質だと理解しない人が多いです。本質を見ないから表面的に言ってしまうんですね。
そして実際に「文字は分かるが文が読めない人(文章が読めない人)」を見かけたり、攻撃的に絡まれたことがあるので、いくつか紹介します。
このような「文字はわかるが文が読めない人」を専門的には、『機能的非識字』とよびます。


個人の見解です
ほかの意見もご参照ください
実例1:旧ブログのコメント


なんですぐ
喧嘩腰になるのか?
ゲーム版は海外で苦言されたのは事実。ただブランド全体を叩くのは違うし、書く前に調べるべきだ。


ゲームはやったけどクソゲーでしょ? 擁護(ようご)したいならちゃんと書けば?
この記事の絵にもつながることで、移転前のブログで『ソニックトゥーン』の評価姿勢に対する反論記事を書き、文章量・表現は現在とは異なるものの、意図は初投稿時からブレていません。
ですが絡んできた人は、上記のように切り返してきたんですね。
アニメやゲーム・コミック・グッズといった「ブランドの話」をしているのに、なぜか「ゲーム版限定の話」にすり替え、擁護扱いを受けました。
この人のみならず、自分の記事を叩く人たちは「ゲーム版擁護」と認定して拡散されましたね。
書いていないことを言われても困惑しかしませんし、当時の記事は全体的に800文字程度で改行や下線もあったにも関わらずで、ビックリですよね。
ネットスラングで言うところのクソリプ。ただ書きかたが悪かったところは反省点だったね。


実例2:読解力のない有名人


有名人相手だと
大変なことに…

(女子大生をさらした件について)毒じゃないんですけど……
いじめ加害者と同じ思考回路かと。それでいじめなどを語られても心が響かないんじゃないかな。

拡散影響力を持つ人物が、読解力がなく直情的に反応するタイプだと厄介なことになります。
サブカルチャーに詳しければ有名な話で、2014年ごろに女子学生の捨て猫投稿へ攻撃的に反応・暴徒ファンをけしかけて炎上・削除させた某オタクアイドル歌手さんがいましたよね。
謝罪せず持論正当化・反省しない態度はいじめっ子と同じであり、叱った善良なファンを拒絶したのも、大人がする対応ではありません。
根拠のない(=中傷)叩き・悪口(=誹謗)を拡散したという意味で、誹謗中傷なんですよね。
必ずしも彼女が100%悪いと言わないにしても、軽率さを真摯(し)に謝罪・拡散を防ぐのが大人であり、自省しないのは彼女の非と言えるでしょう。
こういう人たちを自分は「心が弱い人」とよんでいて、反面教師(悪い見本)にしています。
実例3:読まないマンガ家


今思い返しても
気分が悪くなる

界隈やファンをないがしろにするな! 取捨選択しないのが悪いし支援サイトに書くべきじゃない!
ほかの人が会話で自分の名前を書いていたから、検索にヒットする状態が長らく続いたね。

これは実際に自分が被害を受けた出来事でかつ、絵描きが被害者にも加害者にもなる内容でした。
2019年ごろにあった話で、事前にお断りしたのにも関わらず、ニッチジャンルのご依頼絵が拡散され、「界隈(かいわい)の絵を描いてくれる人」と誤解されたことがあったんですね。
勘違いさせるのも申し訳ないため、「以前から断っていたことと、双方が不愉快な結果にならないよう伝える記事」を支援サイトに書きました。
しかし商用成人マンガ家さん(その界隈ではかなりの有名人)が記事を読んで(?)ファンをバカにしていると解釈され、大勢のファンも反応・拡散され、風評被害に遭(あ)った出来事です。
- 有料依頼でニッチジャンル絵を描き、「今後は期待しないで」と幾度もお断り。
- 海外ユーザーから絵の紹介・要求されるも、再度お断り(依頼者さんも協力)。
- 次第に沈静化。しかし依頼絵募集をするとその界隈ファンが集まる。
- その要因が、いまだに誤解を拡散し続ける人たちがいることが匿名メールで判明。
- 「描き手と受け手、互いの敬意・思いやりは大事」の記事を支援サイトに載せる。
- 拡散者のひとりから謝罪。記事を読んだ人からもさまざまな意見をもらう。
- マンガ家が「界隈やファンをないがしろにするな!」と投稿。
- ↑の内容がその人のファンに内容を拡散され、風評被害を受ける。
流れを書くとこうなり、「事前に幾度も断っていた」は、なぜかカレー屋のたとえ話を持ち出してあやふやにしており、この時点で文章をちゃんと読んでいないのかがわかると思います。
「事前に幾度も断っていた」は、なぜかカレー屋のたとえ話を持ち出してあやふやにしていました。
「頼むなら専門の人に頼んだほうがいい」の趣旨なんだろうけど、論点ずれているよね?

記事を読んだ7割以上の人はマンガ家さんとは違い、意図を理解して意見してもらえましたからね。
メッセージで直接意見も考えたものの、読解力のない人たちはデリケートな人が多いのは経験上知っているので、冷静に弁解した風でとどめました。
当然、謝罪も反省もなく半年近くも創作意欲を失いましたし、読んだ上での意見・指摘なら構いませんが、見当違いな拡散はただの迷惑です。
実例4:接客業経験談


接客業経験者は語る

勘違いしたのは書きかたが悪い。俺に落ち度は全くない。
悪質クレーマーは共通して根拠のない自信を持っていて、まず他人のせいにする傾向があります。

接客業を経験すると、「論理より感情優先、思慮が乏しく他責的で極端な人」ほど、文章が読めず攻撃的傾向があるのを実感するのではないでしょうか。
接客業のリーダーをしていたころ、このような感情的行動をする迷惑な人・悪質クレーマーのみならず、学生バイトたちにも手を焼かされました。
尾木ママいわく、「国語が苦手だと意図をくみ取る能力が低くいじめっ子傾向がある」そうですが、一理ある意見かもしれません。
「国語が苦手な人はいじめっ子に…」尾木ママ発言の真意 |zakzak
補足:自分の文章を反省できない人も問題


文章に問題がないと
言い切れる?

俺がいつそんなこと言ったよ?

書いてないことを勝手に書かれてて草生えるわw
こういう人たちほど行間を拡大解釈するんだよね。「書いていないけど察しろ」はNG。

ただ、ここまでの内容で誤解しないでもらいたいのは、「文章が読めない人が100%悪い」と断罪するのは、それはそれで話が異なるということです。
読んだ人の7割以上が意図と違う反応が返ってきた場合、それは文章構成に問題があります。
「書いていないけど察しろ」は物書きとしてご法度(はっと)で、行間とは「書いてある内容から連想すること」であり、「判断材料すら書かないのに読者に想像させる」のは行間ではありません。
自分も苦言するときはあるものの、「7割が理解してくれていること」を前提にして話しています。

最後に:読めない人は地雷で関わると不幸になる


関わらないのが
最大の防御

日本語は読めても文章が読めない人が多いのはどうしてですか?
読解力は国語力・リテラシー以外に、自己肯定感・自省心も必要。彼らにはそれが欠けている。

「ああいう奴は死なないぞ。どうなるか眼に浮かぶ」
「俺たちに聞こえない場所で、俺たちがどれだけ害悪かを喋り続ける。偉そうに」
「自分がどれだけ正しいか、薄っぺらい道徳心(モラル)を笠(かさ)に着て……」
「同じような馬鹿どもが、それを聞いて何度も頷(うなず)く」
カズヒラ・ミラー|メタルギアソリッドV ザ・ファントムペイン, 第2章 ヒューイ追放シーンにおける会話
文章を読まず噛みつく、感情的・極端な反応する人は、被害者意識が強くデリケートな性格をしているため、親切心や善意で諭したり改善を求めると、悪い意味で返される場合がほとんどです。
なぜなら文章を読むには読解力だけではなく、自己肯定感・自省心も必要だからです。
そもそも自己肯定感が高くないと相手の文章は読めないし、自省心は「自分が読み間違えているのではないか」という見直しになります。
言うだけ言って反論を一切受けつけない、言い逃げ(書き逃げ)をする人も文章が読めておらず、実際に経験された方は少なくないと思いますが、そういうことなんですね。
対策は「あきらめる」こと

文章が読めない人に読んでもらうための対策はあるんですか?
「ない」と思ったほうがいい。他人を変えるより文章構成を見直しなど、自分を変えたほうが合理的。

そして影響力のある有名人が国語力・読解力がなく、直情的に反応するタイプの場合、拡散も早いため風評被害や炎上問題へと発展しかねません。
彼らは「地雷」なので、いろいろと反論したくもなりますけど無視をするのが最善です。
指摘して読解力を見直す人が大勢いるのなら誰も苦労しませんし、相手を変えるなんてのは、ある意味ごう慢な行為と言えるでしょう。
ゆえに書き手側は「3割は読めない」と考えつつ、文章の見せかた、表現方法に問題はなかったかを常に疑い、見つめ直すことも必要です。
読者の7割が意図と異なる意見が出た場合、文章構成に問題がある可能性が非常に高いです。
記事では文章が読めない人を焦点にあてているものの、読めないのを他人のせいにしたり、攻撃的になって謝罪や反省できない人は、書き手・読み手だろうが迷惑ということでしょう。
文章が読めない人ってほぼ「心の弱い人」なんだよ。だから他責的・喧嘩腰になりやすい。

























