

親ガチャは家庭の経済格差の問題ではないだろうか。

親の年収が低いと大学へ行くことができない。

貧乏家庭の子供は将来が危うい。
2021年あたりから『親ガチャ』の問題がメディアなどで見かけるようになった一方、親ガチャを家庭の経済格差だと語る人が多く、個人的によろしくないと考えています。
- 親ガチャの概念と見解
- 親ガチャの問題点はなにか
- なぜ格差問題として扱うのか
この記事では上記を掘り下げていきます。
個人の見解です
ほかの意見もご参照ください
親ガチャの定義


当記事の定義
- 【親ガチャ】子供の立場からでは、どの親元に生まれるのかは選べない。それをソーシャルゲームのガチャにたとえた表現。
『親ガチャ』で重きになるのは親の資質・人間関係の問題で、冒頭の内容で書きかえるならば、

親ガチャは親子関係の問題ではないだろうか。

親に干渉・束縛されて行きたい大学に行けない。

機能不全になっている家庭は、子供の将来が危うい。
こう語る問題ではないかと感じます。
主観的ではあるもののメディアが取り上げる以前は、このような意味で親ガチャがネット・SNSで使われていたと認識しています。
経済格差も確かに親ガチャの要素にはなりえますが、重きを置く部分ではありません。
親ガチャ| weblio辞書
金持ちだから幸せ、貧しいから不幸せなのか?


親ガチャ=経済格差?
なぜ経済格差の問題として重きに置くべきではないのかですが、
- 経済力のある家庭は健全に子供が育つ
- 年収が高ければ家族仲は良好
- 資産がある家庭は教育が十分
経済格差の問題なら上記のような理屈になります。しかしながら、
- 金持ちの親=立派な親という証拠は?
- 高年収の家庭は本当に自由なのか?
- 金持ちは幸せ、貧乏は不幸せなのか?
このような疑念点が生まれてしまい、たとえば高年収だから親の期待感・プレッシャーが強く、失敗すると親から責められ「失敗=人生終了」と、極端に考える状況だってありますよね。
逆に経済力がなく貧乏でも、子供を人格を持ったひとりの人間として認めて頑張る親を見て、「親ガチャに外れた」とはなりにくいでしょう。
子供を認める貧乏家庭ならむしろ、「親ガチャ」より「親に楽をさせてやりたい」が自然です。
東大卒でも人生がうまくいかず不幸に感じる人がいたり、好きなことを探求して貧乏でも人生に満足している人、低所得層だけど勉強して有名大学に行った人は珍しくありません。
家庭問題は表面化しにくく事情も多様です。ですが経済格差問題ならこの矛盾が出てしまいます。

親ガチャのロジック
- 「金持ち+子供を認めない」
→ 親ガチャ - 「金持ち+子供を認める」
→ 該当しない - 「貧乏+子供を認めない」
→ 親ガチャ - 「貧乏+子供を認める」
→ 該当しない
重ねるように家庭環境の問題は多様で、親子同士の性格相性もいろいろあるものの、あえて簡単にまとめるとこのような構図になります。
経済格差問題は全否定しないものの、親ガチャ問題を経済格差の問題だけで語るのは、そういった家庭環境にいなかった人による、本質を見ていない主張だと自分は思います。
『親ガチャ』は子供の悲鳴

親ガチャなんて言葉は子供のグチであり、それをSNSに書くだけで深刻なケースはほとんどない。
専門家の中にはそう語る人もいますが、個人的には懐疑(かいぎ)的です。
確かに親のグチは誰しも一度はあるもので、親に反抗したい年ごろで「うちの親がこうなんだよね〜」と親戚・友人に語ったり、自分の努力不足を親ガチャで他責し言い訳する人もいるでしょう。
しかし、「親ガチャ」なんて言葉を使うのは一部例外を除き、精神的に孤立し機能不全家庭がないとまず出ないように感じます。
「死にたい」よりかは比較的健全ではありますが、まっとうな環境とは言いがたいです。
原因は育児力格差、「親ガチャ」は子どもからの警告!|madameFIGARO.jp
「親の言うことが聞けないの?」趣味もSNSも認めず、家事強制 毒親がつらすぎる|高校生新聞ONLINE
「親ガチャ外れたわw」も「親ガチャだなんて親がかわいそう!」も本質は一緒なのではって話|草食系凡人OLのひとりごと。
親ガチャ=経済格差になる理由


あくまで推測です
なぜメディアや専門家は、「親ガチャ=経済格差の問題」にすり替えてしまうのかは、
- 【単純明快】経済格差や年収の問題にすればわかりやすいから。
- 【大人の事情】毒親の存在にすると不都合が出てしまう。
- 【クレーム対策】「子供は親に感謝し、従うもの」を崩すとクレームがくる。
- 【拝金主義】お金があれば絶対に幸せという、資本主義による固定概念。
などといった可能性があるのではと考察します。実際に世間では親の問題に意見すると、

親に向かって何様だ。親になったことないから言えるんでしょ。
と言われてしまい、年収や格差の問題なら「まあ仕方ないよね」になるんでしょう。
テレビなどを観るのは中高年層が多いらしく、「親は子供に感謝するのが普通」という価値観の世代ですし、反感を買わせてしまうと離脱されてしまうし、下手すればクレーム問題にも発展します。
若年と中高年「テレビ視聴時間」これだけの違い|東洋経済オンライン
痛みを知らないと実感できない


経験者は語る
親ガチャの問題点は、「人格を認められなかった、人として尊敬できない親の家庭環境」に育てられないと理解しにくいかもしれません。
自分の場合、親から一方的に価値観を押しつけられ、兄弟差別や「子供が親に意見するなんて何様」とヒステリーを起こされる家庭で育ちました。

子供は親に感謝するのが当たり前だ! 不満があるなら出ていけ!
このような過干渉のみならず、感謝されて当然と思っている親でもあったため、大人になった今は両親と疎遠で、連絡も一切断ちました。
ゆえに、親ガチャと言いたくなる人の気持ちが少しわかるんですね。
時代が時代なら「親ガチャに外れた」と言っている

この筆者は知能・資産が恵まれていたから、親ガチャ問題を親のモラルだけに焦点を絞っている。
勝手に人の過去・経歴を創作しないでくれる? 子供時代は頭悪かったし貧乏家庭で育っているよ。

X(ツイッター)で自分のことを「知性・資産が恵まれている」と決めつけて自説展開する人がいて、「親ガチャ問題=親のモラル『だけ』」とも書いておらず、創作補完をしていましたね。
風評被害抑止でお伝えしておきますが、自分は学生時代は美術以外だと赤点ばかりで頭も悪く、お金のグチばかり言う貧乏な家庭で育っています。
思春期のころは親に恨みを相当抱いていましたし、時代が時代なら、「なぜ自分は親ガチャに外れたのか」と本気で思っていたでしょう。
この人たちは保身や他責ばかり。育ててもらった恩義はあるけど人間としては尊敬しない。

大人になって家を出てからは見切りをつけ、「結局どうするかは自分次第。親のせいにするのは言い訳でしかない」とも感じたんですね。
ゆえに必死に社会勉強や自己研鑽(けんさん)を長年しつづけた結果、自分の考えや問題の本質を記事として情報発信するに至ります。
持論を言いたいからって相手の過去を創作するのはいただけません。人として大変失礼でしょう。
「俺は知能が低い」と自虐し、努力を説く人へ「殺す」と書いていましたね。返信も無視されました。

努力が無駄と思うのは、「本質を見ない非効率的で無駄な努力をしているから」と言わざるをえない。

最後に:年収問題よりも親のモラル問題


お金ではなく
人として認めているか

親ガチャって経済格差の話なんですか? 報道特集ではそのように扱われることが多いですが……
経済格差は全否定しないけど、親子関係の話のほうが整合性があるよ。特集はそう言わないとクレーム案件になってしまうからね。

親ガチャ問題は金持ち・貧乏という経済格差の話だと言われがちですが、「親の資質・人間関係」を一番に重きを置いたほうがいい問題です。
お金と経済力がある家庭なら、確かに衣食住に不自由なくそれだけ可能性は広がる一方、
- 金持ちだから親子関係も良好
- 貧乏だから機能不全家庭
- 年収が高い=幸福
- 年収が低い=不幸
という矛盾やレッテル貼りにもなりかねませんし、物事を資本主義的価値観で単純化しています。
テレビなどでそのように特集を組まれるのは、親の資質問題にしてしまうとクレーム案件になってしまう可能性が高いからです。
家庭問題は多様といえど、金持ちでも毒親なら「親ガチャに外れた」となり、貧乏でも子を認める親なら「親に楽をさせたい」が自然でしょう。
「親ガチャ=親子関係」より「親ガチャ=経済格差」のほうがメディアとしては都合がいいし、「ウケがいい」のだろうと感じますからね。
また親の資質の話は表面化しにくいのに対し、経済格差であれば根拠と称してデータを提示できる「わかりやすさ」があります。
しかし表面的な物言いで本質を見ておらず、物事の本質はデータや統計では表せませんからね。
心の豊かさとは年収・お金ではなく「自己の確立」

親ガチャの根本的な原因はなんだと思いますか?
アイデンティティが確立されておらず他人軸で判断していること。ここは金持ちも貧乏も関係ない。

心の豊かさとは、「物質的な問題ではなく、自分の中にアイデンティティ(自己)の確立ができているか」が何よりも大切です。
もちろんお金があればできることも増えますが、金銭的豊かさと心の豊かさは別物です。
親が子供をひとりの人間だと認め、敬意を持って接していれば、自己の確立はできやすくなります。逆に親に否定され、「子供は親に感謝して当然」という家庭なら自己の確立は難しいです。
これは自己中心的で過干渉な親、貧乏な家庭で育ち、頭も悪かった自分の子供時代から見ても実感としてあり、時代が時代なら、自分も「親ガチャに外れた」と言っていたでしょう。
親ガチャの呪いを脱せるのは自分次第である

親ガチャから脱したいけどどうしたらいいの?
自分を変えられるのは自分しかいない。「親を変えるより自分を変える」ほうが結果的に脱せるよ。

親子関係が原因で「親ガチャに外れた」と感じる人たちに言いたいのは、どう変わるかは自分次第であり、呪縛を開放できるのは自分だけです。
自分は重ねるように、兄弟差別とお金のグチばかりな貧乏家庭で育ち、ろくに勉強もできず赤点ばかりだった頭の悪い人間でしたが、自主的な自己研鑽の努力をして今の自分があります。
変わりたいなら受動的にならずラクを前借りするな

親ガチャを脱するために努力したけど、努力なんて無駄だった……
そりゃ本質を見ない努力は無駄な努力だよ。本気で脱したいならラクを前借りしてはいけない。

それに努力に割く時間・熟考・自主性が少ない受動的な人も目立ちます。変わりたいなら変わるための労力を軽く見ている感じでしょうか。
仮に自分なりの努力をしているつもりでも、大半は努力の方向性を間違えた、もしくは非生産的な無駄な努力をしています。
努力は方向性を正しく見据えないと時間の損失です。だからラクを前借りしてはいけないのです。
- 頭が悪いなら少しでも読書を習慣にする
- 思考整理が下手なら本を参考にする
- キツいならピアサポート参加も考える
- 協力が欲しいなら敬意・礼儀を学ぶ
変わる努力はすぐできるものではありません。人によっては何年もかかり、能動的に動く自体、尋常ではないストレスと勇気が必要になるものです。
これは避けられない道だと思ったほうがいい。自分の場合、冗談抜きで10年ほどかかっているよ。

自分も親の呪縛から脱するのに、周りの人間との協力で10年も研鑽し続けましたし、2006年からサイト運営して記事を書き続けているのも、その訓練の一環からはじまったものです。
今はネット・SNSが発展した便利な時代ですから、厳しいながら自分から変わらない人は「いつまでも境遇に甘んじる」ことになります。
自省せず他責し続けるのは、自分で自分を不幸にし、自分で生きづらくしているだけです。
自分で動ける「勇気のある人」が、呪いを脱することができます。そして「親ガチャは経済格差の問題だ」と称する、本質を見誤ったメディア戦略には惑わされないようにしましょう。

























