
2022年あたりから、AIが作成したイラストの投稿が当たり前になりつつある一方、AIイラストのモラルに欠く悪用や迷惑行為、自分が描いたかのように扱う人も問題になっていますので、
- 生成AIの悪用・モラル
- AI利用者のAI絵師自称
- 生成AIの二次創作・違いについて
- 生成AIと絵描きの決定的な違い
- 反AI絵師の致命的な矛盾点
- 技術を必要・不要の二択は危ない
- AI推進派・反AI絵師の共通点
敬意がない生成AI推進派・反AI絵師も双方に行動の問題点・リテラシーが低い部分が多々あるため、考えてもらえますと幸いです。
個人の見解です
ほかの意見もご参照ください
AIイラストとは


AIイラストの定義
AIイラストは文字どおり、「AIの生成技術によって描かれたイラスト」のことをさし、『NovelAI』や『AIピクターズ』などが挙られます。
AIイラストを語るには、以下の用語をしっかり理解することが前提です。
- 【t2i】テキストの文字(プロンプト)情報からイラストを生成する。
- 【i2i】特定の絵・写真をモデル・原型にしてイラストを生成する。
- 【LoRA】AIイラスト作成に必要な情報(絵柄など)が内包された学習モデル。
作品制作に生成AIを使う意味では、2020年に手塚治虫の作風をAIが学習し、そこから人間の手で制作した『ぱいどん』が話題になりましたね。
キャラクター原案・プロット作成はAI、残りは人間で仕上げる制作補助でAIを用いた感じですね。

ぱいどん AIで挑む手塚治虫の世界|講談社コミックプラス
AI手塚治虫『ぱいどん』はコンテンツ産業にとってどんな意義があった? クリエイターがAIに求めたこと|リアルサウンド ブック
イラスト生成AIに対するよくある誤解|Qiita
AIイラストのモラル・権利問題


世界でも社会問題に
なりつつある
AIイラストは2024年の現状だと、著作権における「創作的表現」には該当しないとされます。
著作権上だと創作の多様性を保護する観点から、画風・作風は創作的表現にあたらず、保護対象外なのも、まずは知るべき前提知識ですね。
だからといって、AIで既存物・作風を模倣して誤解・混乱を招いたり、ブランドイメージをおとしめる行為が容認されるわけではありません。
- 絵・作風を模倣して悪用
- 作家の絵・自作絵と誤認させる
- 二次創作的作品の有償販売
ゆえに上記の行動はトラブルになりかねず、これは法的問題よりもモラルの問題になります。
i2iで赤ペン先生気取り、勝手にLoRA化した作風を作者へ宣伝、経過報告絵を無断利用する人もいるそうで、早急なルール整備のみならず、絵描き側もポリシーや契約書への明記が求められます。
pixivだと作成時間が短いせいか、AIイラストの大量投稿で絵描きの絵が流れたり、自作と偽って投稿・有償販売をするのは日常茶飯事です。
問題になると「著作権侵害」と騒ぐ人がいる。判断は権利元・司法であって外野じゃないだろうに。

追 記
2023年6月現在、Fantia・FANBOXはAI作品を現状禁止、SkebもAI作品は納品不可です。【著作権法 第二条】
この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。(原文ママ)
e-Gov法令検索
著作物でないもの(単なるデータ(事実)やありふれた表現、表現でないアイディア(作風・画風など))は、著作権法による保護の対象には含まれません。
(中略)
AIが自律的に生成したものは、 「思想又は感情を創作的に表現したもの」ではなく、著作物に該当しないと考えられます。
(例)人が何ら指示※を与えず(又は簡単な指示を与えるにとどまり) 「生成」のボタンを押すだけでAIが生成したもの ※プロンプト等
これに対して、人が思想感情を創作的に表現するための「道具」としてAIを使用したものと認められれば、著作物に該当し、AI利用者が著作者となると考えられます。
令和5年度 著作権セミナー AIと著作権|文化庁
「創作的な表現」アイデアと表現の違い|弁護士法人横浜パートナー法律事務所
AIが描いたイラストの著作権はどうなる?|Tokkyo.Ai
自作発言はウソとバレる理由


すごく気になる…
技術としては進化を期待する一方、絵描きから見るとAIイラストは違和感が目立つため、自作発言をしている場合は高確率でバレます。
なぜ自作発言のウソを見破られる可能性が高いのか、理由を述べていきます。
2024年現在の状態であるため、将来的には違和感が低減される可能性があることは留意願います。

細かい描写・表現の整理ができない
- 手や足の指
- 目のハイライト
- 口内の描写
- まぶたや眉毛の表現
- 人工物(小物)のデッサン
- 線画部分の入り抜き
- 背景・人物の手抜き表現
ここは描ける人ほど違和感を感じ、キャラクターの作画差分を作れないのもAI絵あるあるです。
自分で言うのも恐縮ながら、口内描写は児童期から成人期までの歯の本数の違い、口腔・咽頭の解剖学的構造までを網羅した上でデフォルメする高等表現をしていると自負しています。
それだけではなく絵を整理して計算された手抜きは、美術学校の先生から言われたぐらい重要な表現であり、作者の個性や技量が光りますね。
ちなみに手足も技量がわかる場所で、老若男女で描き分けられるのはほぼプロでしょう。
耳の造形も絵描きのクセが出やすい場所。登場人物が耳の描写で作者を把握する作品があったね。

クセや遊び心・ストーリーがない
- 髪色・髪型による性格表現
- アクセサリーの意味
- 服装による人物の趣味・金銭事情
- どういう時間帯・場面のシーンか
- キャラクターの表情の意図
- 作品の裏で物語が描かれているか

人物の性格や経緯がわかる「意味がある遊び心」を入れて、一度見て二度おいしい絵を描きなさい。
「ここで脚に力を入れ、股が狭いから、この人物は強い意志で引き止めようとしている」とかね。

これも美術学校の先生に言われたことで、オリジナルキャラクターをつくるとき、スチル(場面)絵を描く際は必ず心がけています。
AIイラストは総じて美麗だとしても、人物の状況や姿勢、風景・情景描写の意図や目的、設計が存在せず、「それっぽく配置しただけ」なんですね。
一番違和感を感じるのはここで、パッと見上手くても中身がなく、絵的につまらなく感じます。
絵は絵描きの研究成果物

自作絵発言は「バレるウソをつく」のと同じで、状況によっては人間性も疑われます。
絵は絵描きの研究成果物であり、解剖学・色彩学など、長年の技術的勉強や精神性・内面・フェチズムなども合わさって、個性・こだわりが生まれます。
ピカソみたいに8歳で大人顔負けの細密デッサンを描いていたほどの超天才はまずいません。
- 資料などの元デザインを参照・作成準備
- 経験・解剖学などの研究知識を入れこむ
- 精神性・内面・心情・フェチズムを反映
- 作品が出来上がる
絵描きの作品とAI作品の違いをロジカルなフロー(論理的手順)で考えるとこうなります。
「2」と「3」が『研究成果』『魂』で、AIにはできない、創作性たらしめる重要な部分なんですね。
生成AIは表面を学習しただけで、構造・動作の意図を理解しておらず、これは『ポチョムキン理解』とよばれる生成AIの致命的弱点と言われます。
AIは1と4で生成するし、絵のガワをマネるだけで構造やフェチズムを理解してはいない。

AIは「賢いフリ」をしていた──ハーバード大などが暴いたLLMの決定的弱点「ポチョムキン理解」とは?|XenoSpectrum
ハルシネーション(事実誤認)より深刻なAIの「わかったふり」を暴く:MITなどが発見したLLMの“ポチョムキン理解”とは|Ledge.ai
AI絵師は「絵師」ではない


「描いている」ではなく
「指示している」

AIイラストの無断転載禁止です。
絵描きごっこをされてもなぁ……「スゴいのはAI生成技術であって、キミじゃない」ってなる。

自分の技量と錯覚するのか、自称AI絵師の人が生成AI絵で無断転載禁止と書く人がいますからね。
AI絵師を自称していることにも違和感があり、なぜなら彼らはAIで「指示・出力」しているのであって、「描いている」わけではありません。
「私は鉛筆が使えます」と、「私は鉛筆で繊細(せんさい)な文字を書けます」は違いますよね。
ツールを使う・最適化と、クリエイティブをすることは別物です。「無断転載禁止とか何様」ではなく、振るまうなら勉強して「創作」すべきです。

じゃあ二次創作はどうなんだよ。どっちも権利元の著作物を盗んでいるから一緒じゃん。
盗む・盗んでいないかは権利者・司法が決めること。第三者が勝手に言うものではないってわかる?

- 【生成AI】あくまで出力のため創作性は低い。ガイドラインで例外扱いの場合もあり、現状の法律上認められにくい。
- 【二次創作】創作性が高ければ著作権が発生。一定条件で有償OKなど、ガイドラインで許可されている場合もある。
創作ガイドライン・見解の多くは「創作性が高い非営利な個人作品」が共通定義として扱われており、それを満たさないAI二次創作は二次創作ではなく、『二次創作的』が近い表現でしょう。
盗んでいるかどうかを決めるのは権利者・司法であるため、この主張自体がおかしいんですね。
蛇足ながら、絵描きでも適切なフローを踏まえず、無断転載禁止などを書くのはリテラシーが低い行為です。なぜかはこちらで説明しています。

技術自体は否定しない


技術は素晴らしい
語弊がないように伝えると、AI作品・生成AI技術自体は成長を期待する立場です。利用に議論が必要である一方、技術そのものは否定しません。
- 「90年代末、家庭用パソコンを根暗な人の趣味かのように紹介」
→ パソコンは誰でも日常的に利用。 - 「iPhoneは登場当初、一過性のブームで続かないと言われる」
→ スマホが普及し、ガラケーは廃れた。 - 「コロナ発生時、中国の飛散防止ビニールパーテーションをネタだと笑う」
→ 日本でも日常的な光景になった。 - 「3Dプリンターの家をお粗末と否定」
→ 新たな建築ビジネスになり競争が加熱。
工夫・技術を見下したり笑うことは知見と科学の冒とくで、自分の首をしめて恥をかくだけです。
包丁で傷害事件があれば、メーカーが犯罪幇助になることがほぼありえないように、ツール・道具には善悪の概念はなく、物事を0か100で考えるのは議論を止めてしまいます。
生成AIを「盗用AI」と全否定するクリエイターのずんだもん動画を見たことがあり、モラル問題を技術否定に論点すり替えていたね。

動画内ではAI推進派をさらして批難していますが、ずんだもんは個人・団体の批難は禁止行為です。

VOICEVOX ずんだもん、四国めたん、九州そら、中国うさぎ音源利用規約|東北ずん子・ずんだもんPJ 公式サイト
AI学習禁止表記と反AI運動


見るがままやってない?

私が描いた作品でAI学習に使うのは禁止です!
絵描きなのに創作の本質やネット・SNSの掲載リスクを理解していない人があまりに目立つ……

ここからは逆の立場になる、ネット・SNSの絵師が中心になって主張する反AI行為の問題点ですが、AIの是非に0か100の極論で考えず、理解して注意書きを書いているのかが疑問ですね。
生成AIは作風を学習しても、作者の精神性・構成力は学習しません。作品の悪用・誤認行為への議論は必要ですが、しっかり理解すべきでしょう。
反AI絵師の大半は建設的議論や本質を見るより、感情優先の社会活動家ごっこなのが現状です。
行動とは「理解して整合性をとる」から意義・生産性があります。仕事でも同じ話ですよね。
著作権上における学習行為

AIイラストの学習行為は作品への著作権侵害行為で規制すべき! 世界中でもその流れになっているし生成AIは不要な技術だ!
もし学習行為を全面禁止したら、検索エンジンやフィードアプリがすべてダメになる。Webマーケティングもできなくなるよね。

「規制」という名の排斥(はいせき)運動で、過激・極端な内容の拡散は称賛しかねます。
著作権上では一定条件下の範囲なら学習自体は問題ないと定義され、Webマーケティングやサイト検索などが成立するのは学習の結果です。
「絵や音楽などの作品だけ」とは定義されておらず、もし彼らの理屈で全面禁止や規制を強めたら、Webビジネスや検索は成り立たなくなるでしょう。
そして作品の画風・作風は先述のように、著作権では保護されない領域とされています。
手フェチの人が指の動き・表情・描き分けで人物表現するのは創作的ですが、デッサン・塗りも対象にしたら、他作家は似た手を描けなくなります。
また学習上のモラル・法整備は前提として、クリエイター側もネット・SNSへの掲載リスク・怖さを軽く見ているフシも否めません。
世界中・不特定多数の場に作品掲載=「自身が望む利用をされるとは限らない」ものです。
ただし実在の容姿・声などは作風と違い、肖像権なども関わるため問題になりやすいそうです。

【著作権法30条の4(著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用)】
著作物は、次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。
一 著作物の録音、録画その他の利用に係る技術の開発又は実用化のための試験の用に供する場合
二 情報解析(多数の著作物その他の大量の情報から、当該情報を構成する言語、音、影像その他の要素に係る情報を抽出し、比較、分類その他の解析を行うことをいう。第四十七条の五第一項第二号において同じ。)の用に供する場合
三 前二号に掲げる場合のほか、著作物の表現についての人の知覚による認識を伴うことなく当該著作物を電子計算機による情報処理の過程における利用その他の利用(プログラムの著作物にあつては、当該著作物の電子計算機における実行を除く。)に供する場合
(原文ママ)
著作権法|e-Gov法令検索
AIによる画像生成は「著作権侵害」にあたるのか|東洋経済オンライン
AIで生成したものの著作権はどうなる? 注意したいポイント|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
反AI絵師に見られる致命的矛盾


他人に厳しく
自分に甘い
技術は必要・不要ではなく「どう向き合うか」ですし、自動車・携帯電話・ネット・SNS・3Dプリンター・ドローンなどで長年繰り返されています。
それから彼らの態度ですごく気になるのは、
- 「これ著作権侵害だからスクショ引用」
→ 画像・文章引用などは引用項目をすべて守らないと著作権侵害(無断転載)リスク。 - 「二次創作のAI学習から権利を守れ!」
→ 二次創作ガイドラインを熟読していなければ、権利を語る資格はない。
自己権利を主張しながら、他者への権利意識に欠くダブルスタンダードであり、他人に厳しく自分に甘すぎる致命的な矛盾思考でしょう。
また生成AIに著作権侵害・詐欺罪などを主張する絵師もいますが、重ねるように決めるのは権利元・司法で、専門知識のない素人が法律者気取りの代弁行為は問題になりかねません。
スクショ引用の反論で言えば、「スクショ引用は合法判例もある」と持ち出す人もいますよね。
記事を水戸黄門の印ろうのごとく使うものの、「ケースごとで判断」を読み飛ばし、都合のいい情報だけ抜き出して法律問題を単純化しています。

CHECK!
著作権の本質は「どう判断するかは権利者・司法」であり、条件・状況よって変わる。あくまでそのケースが侵害ではないと判断されただけで、無条件で合法になるワケではありません。
本質を見ず「自分を正当化できる方便探し」で動くからそうなる。賢いフリをした賢くない行動。

ネット上のスクリーンショット引用については、ケースごとに著作権法に則った引用方法か判断しなければならないことに注意が必要です。著作権法における「適法な引用」かどうかを判断するにあたっては、同法32条に具体的要件が明記されていないため、要件を巡る議論は収束していません。
Twitterのスクショ引用は著作権侵害になる?令和5年判決を解説|弁護士法人 モノリス法律事務所
著作権テキスト -令和6年度版-(PDF:76ページ)|文化庁
他サイトのスクリーンショット画像を自サイトに掲載するのは、著作権法違反になりますか?(アーカイブ)|コンテンツマーケティングの成功法則!
最後に:生成AIは必要・不要ではなく「どう向き合うか」


絵描きの絵と生成AIで作ったイラストの決定的な違いは何?
絵描きの絵は精神性を込めた研究成果、生成AI絵は作風を模倣して出力したもの。職人工芸品と工場生産品は違うのと同じだよ。

このプロジェクトが「人間の創作活動を支援するツールとしてAIを利用する」という、新たな可能性を切り拓いた試みであることは間違いない。
ぱいどん|TEZUKA2020プロジェクト, 2020(p.2)
ここまでAIイラストの概要と、絵描き側・生成AI利用者、双方の問題点を述べてきました。
生成AI技術は『ぱいどん』のとおり創作補助が理想で、絵描きが構図・トレンド研究にAIを活用すれば鬼に金棒です。使う使わないは自由にしても、色合い・構図探求の時間を制作に回せます。
自分もAIをトレンド研究・作成した草案のプロット補助にとどめ、絵の構図設計・作画自体はすべて自力でやる「創作補助」をしています。
一方で生成AIは万能でも神でもないし、AIイラストは創作物ではなく「生成物」です。
- 表現者のこだわりが描かれている
- 作品やキャラにストーリーを作っている
- 作者のフェチズムや心情を含んでいる
- 小物・表情・動作の構図・デッサン設計
- 遊び心で一度見て二度美味しいか
上記は生成AIには到底マネすることができない、人間の絵描きだからこそできる業(わざ)です。
現状の生成AIができない領域とされる致命的な弱点で、これをポチョムキン理解といいます。

絵以外でもAIのソースコードは「それっぽい」内容を出す。自前記述の補助・校正に使うべきで、完全任せとか博打もいいとこだよ。

作画差分もAIにはできませんし、AIが出す差分っぽいものには作画の整合性が見られませんからね。
デッサン崩れは将来的に改善されても、精神性はAIが自我を持たないと難しく、絵描きは絵の設計・内面表現・独創性をより求められるでしょう。
職人工芸品と工場生産品が住み分けできているように、絵描きのイラストとAIイラストは住み分けされ、成り代わらないのが個人的認識です。
「カッコよく描いた」「可愛く描いた」程度の絵描きは生成AIに淘汰される可能性はあります。

世間の人は絵を「見た目・結果」しか見ようとしない

IDW『Metal Gear Solid 2』1巻
© 1987-2006 KONAMI, IDW, Ashley Wood

生成AIの登場で、絵の技術がない人でも作品発表できる。絵描き行為は平等になったのでは?
絵に詳しくない世間一般の人は勘違いしがちだけど、作品は「見た目・結果」だけじゃないよ。

生成AIで才能がなくても絵が描けると称したり、絵描きの仕事がなくなると語る人はまま見かけますが、残念ながらこれが「世間一般の認識」です。
絵の本質を知らないから、生成AI技術で人間の絵描きがとって代わられる、同格と思うんですね。
なぜなら一般の人は絵の内面性・フェチズム・精神性・こだわりに興味がなく、絵柄の好み・制作時間などの「見た目・結果」しか判断しないからです。
ピカソもわかりやすい例で、彼は8歳で正確な人体を描け、キュビズムは「描く」の境地でした。

ピカソはとんでもない天才&バケモノでキュビズムもそう。でも素人は「絵が下手くそ」で片づける。

個人的な話だと自分はアシュレイ・ウッド氏の絵が大好きで、絵描きなら彼のデッサン崩し・表現技法が高等技術だと理解できます。
しかし絵に興味のない人だと「下手くそだし線が雑な絵」と言われ、学生のころから歯がゆく思っているのですけれど、それが一般の認識です。
作者の研究成果・魂とは

プロがAI作品を見て「魂がない」と言っているのは、ただ技術否定しただけのひがみじゃないのか?
スマホの補正写真とプロカメラマンの写真は違うでしょ。魂とは精神・内面表現などのことだよ。

- 【研究成果】解剖学・色彩学・人間工学などの勉学による積み重ね。
- 【魂】作者の精神性・内面・心情・フェチズムなどの体験やこだわり。
創作における『研究成果』『魂』とは、具体的に言うと上記のことです。
しかし重ねるように、世間の人は「絵柄が好みか・上手いか・すぐできるか」だけで判断し、絵を消費コンテンツとしか見ていません。
- 電卓を早く打てる人 / 真理を求める数学者
- スマホの補正写真 / プロカメラマンの写真
- レトルト食品 / 料理人の料理
これらが「似て非なるもの」なのと本質的に同じで、「生成AIで絵描きと同列・仕事を奪う」と勘違いした人が、絵を語るのは複雑な気分になりますね。
スマホでいい写真が撮れる、レトルト食品が高品質化したからって、カメラマンや料理人の仕事・存在意義は消えていません。
求められる方向性が分別しただけなんですね。
AIイラストの問題点


AIイラストをまるで自作品のように発表する人もいますよね。
生成AIは優秀だけど絵描きごっこをするものじゃない。「出力・指示」で「描いている」ではないから。

- 絵・作風を模倣して悪用
- 作家の絵・自作絵と誤認させる
- 二次創作的作品の有償販売
とはいえAIイラストなどの生成物で上記行為は問題になりかねず、法よりもモラルの話ですね。
AI作品に精神性はないものの、模倣して政治的・過激な内容を生成して発表すれば、オリジナル作品のブランドイメージを損ねるリスクがあります。
絵師自称・有償販売もする人は「研鑽しなかった人の絵描きごっこ」でしかありません。
自作発言・絵師自称されても「キミ描いていないよね?」ですし、反AIに賛同しないものの、「無許可使用」は誰しも嫌悪感を大なり小なり抱きます。

反AIの致命的矛盾・問題点


AI学習禁止や反AIをする絵描きは、同じ立場としてどうです?
「意識高い系な社会派ごっこ」だよ。自己権利を主張して相手の権利を確認しない人も多すぎる。

AI学習禁止を表明する絵描きは多い一方、「創作の本質」を見ない人が目立ち、大半は他人の意見を借りたか、なんちゃって社会派のサルマネです。
禁止透かしが典型で、ガイドライン無視の(有料)二次創作、著作権の引用項目を守らないなど、他人に厳しく自分に甘い致命的矛盾を抱えています。
生成AIに著作権侵害・詐欺罪などで騒ぐ絵描きもいますが、どう判断するかは権利元と司法です。
法律の素人が勝手に犯罪認定・断定するのも相当問題です。サイトならYMYLに反します。
自分で考えず他人の意見に寄生するから軸がブレるし、整合性がない矛盾だらけの主張をし、振り回されて将来も同じことを続けると思いますよ。

結局は「私が気に入らないから」

生成AI推進派と反AIの主張合戦を見てどう思いますか?
どっちも「私が気に入らないから」で終わる話。信じたい話に盲信・固執・先鋭化はカルト宗教と同じ。

- 【AI推進派】創作の本質を軽視し、「法律に反しないから何してもOK」と考え、ラクに承認を得る「絵描きごっこツール」化。
- 【反AI】技術とモラルを混同し、0か100で判断。学習=アイデンティティ侵害と考え、聞きかじりで社会活動家を気取る。
生成AIの悪用多発は事実で、実在人物の無断利用や脱衣加工、フェイク・デマ・ポルノ画像生産など、世界的にも問題視され、実在人物の容姿・声などは肖像権なども絡む分野とされます。
一方で反AIで権利主張する絵描きも、先述のような非一貫的態度は目に余るでしょう。

「私が気に入らないから」です。
彼らの主張はこの一言で終わる話であり、これで建設的な話し合いができないのは当然です。
正しい議論より個人的感情を優先した「信じたい話だけを単純収集」は危ない思考で、対立あおりに有限の時間を使うさまは悩ましいですね。
- 信じたい情報ばかり集めて賢いフリをする「なんちゃって社会派の意識高い系」
- 地道に物事を勉強・研究して情報を多角的に考え続ける「教養がある意識高い人」
上記どちらに生産性があるかは明白です。互いに「わかりやすい悪」を求め、浅い見識で信じたいことを正当化する姿はカルト宗教と変わりません。
賢さとは日々の積み重ねで、賢い人は知ったかぶらず、多角的に考えて整合性を求めるんですよ。
ツールとは「振り回されるもの」ではなく「使いこなすもの」であり、双方ともにAIというツールの本質を見ず、右往左往しています。
AIに対して「必要な技術・不要な技術」の二択しか見ていないのは、そういうことなんですよ。
AI技術は過渡期

生成AIの是非の見解は「賛成・反対のどちらでもない」ですか?
人類の歴史を見ても、技術を必要・不要で語るものじゃない。モラルに反する行為は厳しく見るよ。

CHECK!
生成AIに限らず、技術を必要・不要の二択だけで考えるのは危険。「どう向き合うか」を考えていくのが、ものづくりの本質である。2024年現在、まだAIイラストは過渡(かと)期の段階になり、絵描き・利用者・閲覧者も明確なモラル・意識作りや法整備は必要です。
自動車・携帯電話・ネット・SNS・3Dプリンター・ドローンなど、科学・サービスが発展するたびに悪用され、利用法・モラルに欠く行為へのルール作りや法整備がされたものです。
海外だとデータセンターの電力使用率などの環境問題をからめて反AIをする人もいますが、建前ではなく本心で思う人はどれだけいるのでしょうか。
日常的なネット・SNS利用にも問題提起し、AIが省電力化したら取り下げるのなら本物ですね。

アイドル写真を作画資料と称し、性的な格好を生成・投稿して炎上したマンガ家さんがいましたね。
あれは生成AI以前に、SNSがオープンな場・肖像権問題など、マンガ家のリテラシーが低すぎる。

技術を必要・不要の視点で語ること自体がナンセンスです。技術は「どう向き合うか」です。
- 自動車は人間を攻撃できて環境汚染になるから即刻なくすべき不要な技術なのか?
- ネット・SNSはポルノや闇バイト・犯罪の温床だから廃止すべきサービスなのか?
このような詭(き)弁にもなりかねないものであり、物事を単純化しすぎでしょう。
AI技術に「今後どう向き合うか」を建設的に考えた有意義な議論には、「技術・状況を一方的側面ではなく、理解して」進めないと意味がありません。
仕事でもなんでもそうで、「理解する」から本質を見られます。絵描きの自分もそう考えたいですね。
自分がAI学習禁止をかかげることは現状ない。悪質ではない社会通念上の範囲内なら、見守る姿勢。















