
「自分を棚に上げて誰か・何かのせいにする人」は、ネット・SNSのみならず、実生活でも見かけます。むしろ見かけないほうが珍しいでしょう。
しかし自省せず他責する行為は自分の首をしめるだけでしかありません。
- 誰かや何かのせいにしたがる心理
- 無能な人ほど他責的になる理由
- 他責思考はなぜ信頼を失うのか
- 自省できる人は結果的に評価される
他責行為によるデメリットと、自省することの重要性を以下から述べていきましょう。
個人の見解です
ほかの意見もご参照ください
日常的に起きている行為


見ない日のほうが少ない
- 【クレーマー問題】自分の問題点を考えず、100%悪いと店員を責める。
- 【デマ問題】根拠のない情報を拡散し、デマだったら発信者のせい。
- 【マナー注意】マナー違反を注意すると相手を威圧したり暴力行為。
- 【通行トラブル】出会い頭にぶつかりそうになると相手を罵倒する。
- 【仕事のミス】仕事で失敗すると上司や会社のせいにして自己保身。
- 【理解力問題】ゲームが下手なのをゲームのせい、作りが悪いと文句。
- 【意見される覚悟】問題発言をして反感・指摘されたら被害者ヅラ。
- 【ネット持論】長文や読みにくい文章を送って指摘されると人格否定。
ネット・SNSのみならず、トラブル・問題に自分を棚に上げ、他責的で偉そうな言動をする人は、日常生活でも見かけると思います。
事故でなければ互いに謝れば済むのに、「お前が悪い」と一方的に言われたらモヤモヤしますよね。

お前にも非があるし何様だ! 俺の気分を害したことに謝罪しろ!
ひどい場合だとミス・指摘に謝らないどころか、相手のあら探しをしはじめて逆に謝罪を要求するような人もいて、実際に対応が大変でした。
これって自身の信用を下げているだけであり、私は悪くない・非を認めたくないと自己防衛に必死になればなるほど、それだけ信用を失います。
ただ自分自身、聖人君主でもないので、気の緩みで他人のせいにすることもありますが、その際はすぐ思い直して謝ることを心がけています。
心が弱い人がする行為


他人のせいにする人は
まず信用されない
人間が一番何が嫌いかって、自分の問題や欠点、弱さを認めることだと思います。
自分の弱さを知る人は、まずは自分に問題がなかったのかを考え、素直に謝ることができます。このような人が「謙虚な人」だと言われるんですね。
人間は誰しも、問題が起きたら他人のせい、自分は悪くないと思ってしまう生き物です。

実際に心理学でも、「他人に厳しく自分に甘いのは人間に備わった基本思考」だそうで、これを心理学用語で『帰属の誤り』とよぶそうです。
とはいえそれに甘んじているのはダメで、心の弱い人は自分と向き合うことを逃げています。
重ねるように、それは結果的に自分の首をしめる行為です。だから自省の訓練をするんですね。
CHECK!
他人のせいにしたがる人は、自分の心の弱さを認められない人。どちらの人間が信用されるのか

いや、俺悪くないし。あいつがそもそもの原因だろ。

悪気はなかったけど結果としてこうなりました。ごめんなさい。
どちらが信用されるかは明らかで、信用されればよりいいチャンスが巡ってきます。
人間関係も商売も基礎は「信頼」です。被害者ぶって他人のせいにする人が信頼を得られないのは、まっとうな社会経験があれば理解できますよね。
他人のせいにするのは簡単


楽をしたがるのが
人間のサガ
- お前が悪い
- 作りが悪い
- 社会が悪い
- 育った環境が悪い
- 俺に不親切
- 俺は悪くない
自分を弱さを認められない人は、誰かや何かのせいにして終わりです。確かにそうすることが一番簡単で、自分自身は苦しまずに済みます。
強運持ちか周囲が優秀か、相当のキレ者でもない限り、成長のチャンスは巡ってこなくなります。
だから他責的な人は痛いしっぺ返しをくらって孤立します。それに気づかず、さらに過激になって注意を引く残念な末路を迎える人もいるんですね。
他責思考=自己肯定感も低いことは、心理学・統計学の観点からも指摘されています。結局は自分で自分を生きづらくしているんですね。
そこからまた他責的なことをして、負の連鎖に陥ります。

「すべて他人のせい」にする人が、結局は誰よりも苦しむ“悲しい結末”|PHPオンライン衆知
「自分は悪くない」と正当化する人の怖すぎる心理|東洋経済オンライン
「何でもかんでも人のせい」自分の非を他人のせいにする【他責思考】その裏側にある心理とは|ヨガジャーナルオンライン
「他人のせいにするなが腹立つ」と語る人


本質を見ようか

「他人のせいにするな」が腹立つ。事実を言って何が悪いんだ。
他責したところで、事実だとしても結果は変わりません。弁解は心証を悪化させるだけです。

特に職場だと上記のように、「他人のせいにするな」の指摘に反感・反論をする人がいます。
しかし起きてしまった事実は変わりませんし、事後対応で変えていくしかありません。
それを意識せず弁解する行為はすべて言い訳にしかならないし、部署の誰かがミスなら、部署や会社全体の責任になるものです。
「だってあの人がやったし」では、リスクヘッジが身につかず同じミスがまた発生するでしょう。その根本を深く考えないから、「他人のせいにするな」の言葉に反発し、表面的に捉えるんですね。
有能ほど自省し、無能ほど他責する。これは世の中の真理だから、覚えておくといい。

原因を考えるチャンス
- 「環境のせいにする前に、環境を変える努力を自分から能動的に動いていたか」
- 「指示どおりやって失敗したなら、指示内容の整合性を確認したか」
- 「ちゃんと状況を把握して、ホウレンソウをしっかりおこなっていたか」
もし自分が「他人のせいにするな」と言われたら、なぜそう言われたか・どこが問題か・不備があったかなどを問いかけることからはじめます。
そこへ真摯(しんし)に向き合って自己を成長していく改善のチャンスを言葉にしたものが、「他人のせいにするな」ではないでしょうか。
意図されていようがいなかろうが、そう考える意識自体は大切です。
これを常日頃やる人を世の中は「できる人」と言う。出世・信頼・チャンスを勝ちとる人だよ。

自責が正しいわけではない


語弊のないように
ここまでの内容だと「他責は悪・自責は正義」と見えるかもしれませんが、そのような極論主張をするつもりはありません。
この記事を読んで「自責・利他的な言動が100%正解だ」というのは、極端な考えかたです。
「他人のせいにする人」とは「自分を棚に上げている」という前提で、こういった行為は自己成長しないし、信頼も得られないという話です。
有能な人は自責はすれど自省も必ずおこない、どう次につなげ、改善していくかを考えます。結果、経験値を積み上げて能力が上がっていくんですね。
最後に:自分の弱さを認められる人は強い人


自分を棚に上げていると
自分に返ってくる

他人のせいにするのって、そんなに悪いことなの?
他責行為ばかりすると、反省・改善できず成長できません。信頼も得られずデメリットが多いです。

「なんでもかんでも人を頼りにしたり、人のせいにしたり……」
「そんなこと、いつまでもできると思ったら大間違いじゃ!」
ドクター・エッグマン|ソニックX
「ああいう奴は死なないぞ。どうなるか眼に浮かぶ」
「俺たちに聞こえない場所で、俺たちがどれだけ害悪かを喋り続ける。偉そうに」
「自分がどれだけ正しいか、薄っぺらい道徳心(モラル)を笠(かさ)に着て……」
「同じような馬鹿どもが、それを聞いて何度も頷(うなず)く」
メタルギアソリッドV ザ・ファントムペイン|カズヒラ・ミラー
他責的な人は自分の心の弱さを認められない人であり、ここでいう「心の弱さ」は自分を行動・言動を棚に上げて被害者ぶる行為をさします。
他責的な人は生きづらさを抱えていることもありますが、一番の原因は本人なんですね。

他人のせいにする行為が問題になるのは、「自分を棚に上げている」という前提があるからです。
だからプライドが高くて非を認めることに生き恥と解釈し、相手を逆に攻撃し、「悪かったけど、お前も悪い」と、お互いさま理論を持ち出すんですね。
他責的な人は、たとえ社会的に成功しても信頼されず孤立します。「『他人のせいにするな』が腹立つ」と思う人は、自省の大切さを理解しません。
有能は自省・無能は他責

他責がダメなら、自責することが正しいの? 精神を病むのでは?
物事を0か100で極端に考えるな。できる人は自責はするけど、自省を重要視して成果を見せる。

有能ほど自省し、無能ほど他責します。これは世の中の真理です。
できる人は自責をすることはしても、自省を重要視して行動するものです。なぜなら自責するだけでは物事は進まないからです。
自省の鍛錬を積み上げた人こそ、自分の弱さを認められる「強い人」です。だから成果が出るし、能力が高く信頼を得られるし、自分を責めすぎないからメンタルも病まないんですね。
一方で他責してラクを前借りするのは、能力も人間性も成長しません。自分で自分を不幸にすることを、見つめ直したほうがいいと思います。
自責思考か他責思考か。あなたはどっち?|Tiger Mov
環境のせいにする人は自分が見えていない|東洋経済オンライン


























