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雑記

ネット上には様々な記事が存在し、叩かれやすい(反感を買いやすい・炎上しやすい)文章というのが「法則」として存在しますが、そこから叩かれにくい文章を書くにはどうすれば良いのか、経験則を基につづっていきます。

なお当記事の「叩かれる」は、

「罵詈(ばり)雑言」のみならず、「厳しいが正当な批判」といった適切な意見を全てひっくるめたもの。

とします。そしてこの記事を読む際に、気を付けて頂きたい点を2つ挙げておきますが、

  • 経験則と観察から執筆した内容なので、あくまでも一意見、参考程度に留めておく。
  • 今回紹介するのは「叩かれにくい」であって、「絶対に叩かれない」文章ではない。


まずはこれらを念頭に置いてください。考え方の一つなので、仮にこれらを全て実行し、炎上トラブルが発生しても責任は取れないですし、絶対に叩かれない文章・記事というのは人間の価値観の観点やネットに公開している以上、残念ながら存在しない産物です。

もし絶対に叩かれない文章を書きたい人がこの記事を読まれているのであれば、それはもう深層WEB(検索拒否・完全非公開)形式ブログを運営するか、日記アプリに書くしかないでしょうね。

そこを踏まえた上でお読みくださいませ。

これは一個人の意見です

他の様々な意見・視点も取り入れてください。



叩かれやすい文章の傾向

「叩かれにくい文章」を書く前に、まずは叩かれやすい文章の傾向から見ていきましょう。

叩かれやすい文章1:片方を貶(おとし)める自己主張の強さ

恐らくは叩かれやすい一番の要素です。ネットで見かける典型的一例に挙げると、

  • 人種差別・排外主義・政治的主張】〇〇人は害悪、政治家の一方的否定など、批判という名のヘイトスピーチを平然と主張する。ネット右翼・ネット左翼思想もこの分類。
  • フェミニスト(自称)】いわゆる女性権利の向上運動。しかしネット・SNSでは女尊男卑とも言える、男性および、男性向け作品・文化への嫌悪・ヘイト行為で、ツイッターで主張している場合は『ツイフェミ』と呼ばれることも。
  • 動物愛護・菜食主義者(自称)】食肉文化を徹底的に排除しようとし、「動物が可愛そう」という感情だけが先行した動物崇高・人間軽視。
  • 障害者・健常者ヘイト】障害者を一方的に否定するヘイトや、逆に障害当事者が健常者(定型発達者)や社会に対し、被害者意識で理解や権利向上を強要する逆差別行為。
  • 叩き・称賛レビューやインタビュー】作品や商品・技術などを、叩くか称賛するかの一方的な視点のみで記載する。
  • 不謹慎ネタ】話題の事件やニュースに便乗して、不謹慎なネタや混乱させる文章を発信する。どちらかと言えば無自覚よりも、炎上商法・ビジネスを狙った故意犯が多い。


相手を叩き潰すかのような勢いの過激主張・断定口調だとより反感を買いやすく、思いやりも感じられない叩かれる文章と化します。これらの自説・持論はほとんどの場合、自己正当性を焦点に流布するのが目的になっていて、

見識を広めるために建設的な理論武装をする(=物事を多角的に捉える・無知から来る探究心 → 視野が広い)

ではなく、

自説・持論を正当化するために感情的な理論武装をする(=物事を一方的に捉える・無知から来る傲〈ごう〉慢 → 視野が狭い)

……という形になります。しかもそれに擁護(ようご)して同調する以下のような賛同コメントが現れると、「自分は正しかったんだ」とそれに勘違いし続ける、負のスパイラルに陥る結果にもなりますね。

  • 「荒らしに負けるな!」
  • 「叩きたいだけの連中には〜」
  • 「ネットトロール(荒らし)に目をつけられて大変ですね」


正当な批判・意見すら悪者扱いにし、見当違いな応援コメントが書かれるのは、見た事がある方もいるかもしれません。当事者もコメントも含めて彼らのような存在は、モラルを守り正しい認識で精力的に活動する正統派(本来の意味で行動する)な人達からは嫌われているようです。

これを無自覚(歪んだ認知・認識)でやっているのか、ワザとやっているかで話は変わってきますが、今回は前者を中心に話を進めていきます。なお、聞く耳持たずに持論を言い続けている人、日本語がおかしい支離滅裂、意味不明な内容であれば、「絶対に関わってはいけないヤバい人」なので、100%無視しましょう。


叩かれやすい文章2:極端に褒めるかバッシングか

次に叩かれやすい特徴は先程の箇条書きで軽く触れましたが、褒めているだけ、バッシングしているだけの一方的・極端な文章で構成されている事です。

例えば芸能人ネタだとポジティブの場合、まるで神様や教祖のように崇拝して、芸能人でも人間だから間違えることはあったとしても、それを全面的・盲目的に擁護し、外部の正当な指摘を嫉妬や僻(ひが)み、アンチの嫌味のような解釈を行います。

逆にネガティブなら徹底的に叩き、「こいつに良い所なんて1つもある訳無いだろ」と、まるでこの世にいちゃいけない極悪犯罪者と言わんばかりにバッシングして、過去の経歴や家族構成まで持ち出して陥れようとする感じですね。

否定的・悪口しかないネガティブよりもポジティブの方が印象が良いと思われる方も多いかもしれませんが、ポジティブすぎると楽観的・擁護行為・盲目(宗教信者)的と捉えられがちなので、双方とも、そうとは思わない人からの反発も大きい事は頭に入れておくべきでしょう。

世の中の出来事の多くは、白黒の2つで分けられるほど、単純な作りにはなっていません。


叩かれやすい文章3:読みにくい文章や批判・批難(非難)の同一視

『批判』とは「建設的な批評」、『批難(批難)』とは「感情的な悪口」を指します。ネット・SNS上にある批判と称したネガティブ意見の多くは批難で、誤用(同一視)です。

自分の意見を「辛口」「批判的に書きます」と称して否定や悪口・バッシングを書き、「批判はやめてください」などと主張している人達は、正しい批判は悪い所・良い所も両方評価し、褒める事・理解する事・的確な指摘や意見をする事も大切なのを知りません。

さらに正しい定義の批判とかけ離れた批判モドキの文章であればあるほど、とにかく長文で改行や見出し分割も少なく、息が詰まるほどの記事構造になっている傾向が高くなります。

誤った批判もさることながら、まるで論文や紙媒体の同じノリで書くのはより語弊・誤読を招く元にもなり、真意と異なるバッシングが起こるリスクが高まります。仮に真意を理解して欲しいのならば、媒体に合った執筆手法を知らねばなりません。


叩かれやすい文章4:リサーチ不足・責任感の無さ・想像力の欠如

これは二次的な問題も含まれますが、叩かれる文章を書く人ほど、重ねるように主張・持論を正当化する目的で情報収集して雄弁に語る分、論理に穴や矛盾(ダブルスタンダード)を抱える場合も多いですから、いざ適切な反論や正当な批判が来ると、自己弁護の屁理屈をこね、時には相手を荒らし扱いし、無視や削除、逃亡して無かった事にしようとします。

  • 「ごめんなさい。好きな人もいるでしょうが自分は好きになれません」
  • 「人それぞれで嫌いな人はいるのは分かるけど、それでも自分は応援します」


って言えば済むレベルの話に、何故自分から墓穴を掘るややこしい事をするのか……って感じですね。

「人に厳しく自分に甘い」「批判するなら批判される覚悟も必要」とはよく言ったもの。著名人がこれを行っていたら名前に傷を付ける結果にもなりかねません。


以上、叩かれやすい文章の代表的パターンを挙げましたが、(安直な理論ではあるものの)逆の事をすれば叩かれにくい文章を書けるという理屈になり、上記の叩かれる傾向の共通点が書き手の『メタ認知』の低さです。

叩かれる文章を書く人はメタ認知が低い

『メタ認知』とは、「自分の行動や発言を客観的に見る能力。もう一人の自分が後ろにいて、チェックしてもらうイメージ」を指し、この能力が低いと上記の行動や、文章力や言葉選びが下手であったり、主観的・一方的で説得力が乏しい内容になってしまいます。

記事が炎上すると「隅々まで読んでもらえば真意が分かる」などと、「読みにくい文章で語弊を招いたかもしれません」ではなく、「ちゃんと読まないお前らが悪い」と他責思考が出てしまう人は正にそれでしょう。

そもそもメタ認知能力が高ければ、そこから反省にも繋がって「次からはもっと内容の発信には気を付けよう」「読みやすい文章をもっと検討して直そう」という改善意識に持っていく事が出来るだけではなく、感情の冷静なコントロールも行えますからね。

それをしないのは、重ねるようにメタ認知の能力が低いからと言えるかもしれません。そう考えれば、炎上商法でワザと叩かれる文章を書いている人は、ある意味メタ認知能力が高いのかもしれない。

これらを踏まえて叩かれにくい文章を書く

叩かれにくい内容の書き方を一言で言えば、「メタ認知能力を高めて自己研鑽(けんさん)を怠らない」ですが、少し具体的に見ていきましょう。

ネット文章に論文や紙媒体形式は持ち込まない(読みやすい配慮)
ネットの文章は意外にも読んでもらえないもので、論文や紙媒体と同じノリで書かれた詰め詰め文章は、まず読まれません。

見出しの項目分けするだけではなく、思わせぶりな見出し名(項目で説明すると「見出しで十分」と言われかねない)、文章の読み終わりには空白を開け、句読点を多用しない、色付き文章などで可読性を上げ、結論を冒頭や文末に書くなどを意識しましょう。

今はモバイル端末でサイトを見る時代。書いた文章がどのように見えるかを、実際にスマホなどで確認しておきたいですね。


執筆の勉強
下手な人ほど頭が良いと思われたいのか、難しい漢字やカタカナ英語をとにかく多用しがち。「お前らにこの文章が読めるのか(笑)」という印象を抱かせかねないので、(絶対に使うなとは言いませんが)使うなら注釈を入れる配慮を行いましょう。

カッコのそれぞれにも用途があるので、使い分けを学んでおきたい所です。


一方的主張やネットスラング・レッテル貼りは極力避ける
記事前半を見れば分かる通り、一方的な主張や「これだから〇〇は……」といったネットスラング・レッテル貼りの多用は反感を買う元です。

  • 「もし自分が相手の立場だったら?」
  • 「こうゆう意図もあるのでは?」
  • 「自分の嫌いは相手の好きかもしれない」
  • 「こういった理由があった可能性がある」
  • 「一部の少数派が問題なのかもしれない」


しかし誤解すべきではないのは、決して良い所もあるんだから擁護しろとか、寛容になれという意味ではありません。

客観的な視点も必要だという事です。甘えさせる口実や免罪符にしてはいけません。


真意の繰り返し記載やクッション言葉の多用
使いすぎは良くないものの、真意は多少クドいぐらい繰り返し書いておけば、誤った解釈をされる事を少しは防げます。

また、以下のようなクッション言葉(前置き)で挟み、反応を予測して先回りしてあらかじめ記載しておけば、解釈の語弊、文体の印象が和らぐ効果もあります。

  • 「あくまで主観的意見」
  • 「勿論全員ではない」
  • 「こうゆう意見もあるでしょうが〜」
  • 「中には『〇〇じゃないのか?』と思われる方が〜」


文章が上手い人ほど、これらの使い方も上手いです。


批判と批難は分ける
正しい批判には褒める事や評価も必要で、内容を感情的ではなく建設的に述べるよう心がけましょう。批判するのであれば、批判される覚悟も忘れてはいけません。

悪い所(改善点・マイナス点)を書いたら、次は良い所(評価点・プラス点)を書く。その逆もしかりです。 


ちゃんと調べる(リテラシーを身に付ける)
まとめサイトや偏向メディアの引用、自分の都合の良い情報しか収集しないのはご法度。「オリジナルの情報元(ソース)はどこか、冷静な分析意見なら相反した内容でも排除せず素直に耳を傾ける」事を忘れずに。やむを得ず信憑性が低い情報を引用する場合は、その旨を明記しておきましょう。



読み返す(校正チェック)
誤字脱字だけではなく、

  • 「この表現は使っても良いのだろうか?」
  • 「感情的になりすぎていないだろうか?」
  • 「主張が偏(かたよ)っていないだろうか?」


と、問題ある記載ならマイルドな言葉に変え、類語で異なる表現を用いましょう。ネットの文章は一発勝負で書くのではなく、プロット(構成)作りと下書きといった下地作りが重要。


これらを意識すれば、叩かれにくい文章を書くことが可能です。

最後に:それでも叩く人はいる

叩かれにくい内容を書くレクチャーをここまで述べましたけれど、仮に全てを網羅しても叩かれる時は叩かれますし、あくまで叩かれるリスクを減らす努力に過ぎません。

その理由が単に文章力や配慮が未熟による勉強・経験不足だった、詰めが甘いケースも少なくないですが、

  • 重箱の隅(すみ)をつつき、とにかく意見に難癖つけて揚げ足を取り、否定して叩きたいだけの人。
  • 物事の捉え方や論点がずれて話が噛み合っておらず、トンチンカンな主張で永遠に平行線な人。


ちゃんと適切な努力を続けているのであれば、この「読み手に問題があるケース」が出てきます。記事内で「正当な批判」よりも「叩かれる」という表現を強調して使っているのは、こういった想定も含まれているからです。

残念ながら、世の中にはこのような論理が通じない残念が人達が一定数存在し、文章を公開する以上絡まれる可能性があるのは覚えておきましょう(自分はこういった合理性に欠ける、生産性の無い人を「おバカな人」だと形容しています。無論人格否定やレッテル貼り行為なので、よほどの事がない限り使いません)。





もうこればっかりは「住む世界が違う人」と無視するしかありませんし、関わったら精神病みます(経験談)

中には「個人なんだから自分の好きに書かせろよ」と思われる方もいるでしょう。ですが、情報発信している以上は下手でも勉強と自己研鑽(けんさん)はしないよりした方が良いですし、叩かれたくないのであれば尚更です。ただ、これらのレクチャーは任意です。

実行するかはしないかは個人で決めるべきですからね。結局責任を取るのは自分自身ですので。


最後に余談になりますが、恥ずかしながら自分も学生時代は叩かれやすい文章をブログに書いていました。今と比べて当時は相当なひねくれ者で、文章構成の勉強が未熟だった事、言葉遣いが悪いのもさる事ながら、若さ故にメタ認知も低く、自分の行動を客観的に見れなかったのでしょう。

だからある意味では、この記事は過去の自分自身への反省と反面教師という側面もあり、今でも知り合いから「この表現は分かりにくいから変えたほうが良いよ」とアドバイスを貰っては、随時記事を修正して勉強しています。

とてもありがたいことですね。以上、お役立てして頂ければ幸いです。

一日数時間だけjavascriptの勉強をするようにしている。個人的にはAmazon Kindleで見つけた初心者本を片手にやる方が理解しやすかった。

動画で学べるドットインストールは試してみたものの、あれはぶっちゃけ中級者向け。ある程度知っているならタメになるけれど、初心者からすると不親切なだけだったね。

強いて言えば、プログラムの名称読みを正しく理解できたのは助かった。独学だと名称は印象で言っちゃうからね。ずっと「div(ディブ)」は「div(ディーアイブイ)」って読んでたよ。

絵描き・物書き・webデザイナー・HTML/CSSコーダーと、幅広くやれる京都生まれのウサギ好き。ネチケット(ネットマナー)やネット(情報)リテラシーの扱い、批判(建設的意見)と批難(感情的否定)の違いにはちょこっとシビアで、性別問わず好きなタイプは、自己反省・研鑽(けんさん)・啓発の努力を惜しまない人。長い文章や理論を分析し、簡潔に分かりやすくまとめる事が得意なため、リアル・ネットを問わず、各所からご好評をいただいております。