
例の東京2020五輪エンブレムのパクリ問題で見られた、アーティスト気取りのデザイナーや、すぐパクリと呼ぶネット・SNSの風潮について、
- なぜデザイナーはパクるのか
- デザインの本質とはなにか
- パクリと呼ぶ人の根本的問題
こちらの見解を本質を踏まえて述べていきます。
個人の見解です
ほかの意見もご参照ください
デザイナーはパクリが普通


デザインの本質
語弊のある言いかたにはなりますが、デザインの世界(ロゴ・シンボル・レイアウトのデザインなど)でパクリは普通です。
ただしこれは、「コピーやトレースをして盗用・横取りする」という意味ではなく、
CHECK!
世の中のデザインは既存物の組み合わせで作られていて、クリエイターたちは既出のテーマやパーツ、流行を組み合わせて、新たな価値をつくり上げるのが仕事。という部分は留意いただければと思います。
デザインの本質は「対象の指標・広告」であり、独創性は二の次です。

アーティスト気取りのデザイナーもすぐパクリという人も、ここを理解しない場合が多い。

アートではなく科学である


デザインは
理論で作るもの
デザインには法則(デザイン理論)があり、
- 違和感がない配色(ドミナント配色など)
- 安心できる大きさ・配置(貴金属比など)
- 視線誘導(トンネル構図・L字配置など)
- グループの配置(ゲシュタルト原則など)
このように伝統・人間工学・心理学のレベルで科学的に決まっています。その中で記号の組み合わせのようにデザインをするワケで、時代背景や流行(トレンド)も影響します。
デザインとはアートではなく科学であり、伝達情報を文字だけではなく、図形や画像なども入れ込んだのが『デザイン』なんですね。
これは絵画などにも部分的に共通する考えかたですが、デザインはそのほとんどがこれらの理論で成り立っています。アートは自己表現の世界であり、デザインは目的達成の手段です。

類似性はあるが、デザインの表現・考えかたが違うので似ていない。
ゆえに「幾何(きか)形態の組み合わせのため、意図せず偶然に似てしまった」ではなく、東京2020五輪のロゴを作った佐野氏が、そう主張したことには違和感がありました。
ましてや一度もパクリをしたことがないって、デザイナーだったらまず出てこない言葉です。
確立されたデザイン理論と流行がある中で、完全独自かつ大衆に迎合されるデザインができる人は、0.1%未満の超天才だけだよ。

アーティスト気取りは三流がすること


アートの世界で
やればいいのに
そして佐野氏のみならず、ネット・SNSのプロデザイナーの一部に見られたのが、ロゴ・シンボルデザインをアート作品に見立てていたことです。
自分もデザインを作る身なので言わせていただくと、ロゴ・シンボルデザインにアートの考えかたを持っていくのは、大きな勘違いです。
CHECK!
デザインは依頼者が考える意図を反映するのも大切だが、世間一般の人たちにわかりやすく理解してもらう指標・広告でもある。繰り返すように、デザインとはアートではなく科学であり、顧客・ターゲット層の目的を考えた指標でもあります。コンセプトを制作者が説明するのならまだしも、赤の他人のデザイナーが、

このロゴはこの作家の意匠を〜

この色合いは〇〇時代で〜
とか言い出すって、デザインの本質をはき違えていて本末顛倒(てんとう)であり、
アーティストでもしたいのなら、デザインではなくアートの世界でやってくれません?

……ってなりますし、厳しい言いかたですが「三流のデザイナー」がやることです。
デザイナーは相手の意向よりも自己満足を優先したり、独りよがりで仕事する人が少なくなく、手を焼かされたことも多々あります。上記の人たちはそのタイプの可能性があるでしょう。
なんで顧客を無視して、自分のセンスばかりを優先するんだろうか? 100点と思うデザインでも顧客が満足しなければ赤点だよ?

ネット・SNSの「なんでもすぐパクリと言う人」問題


なんでもかんでも
パクリと呼ぶ風潮
次に、この問題でパクリという言葉がいろいろ使われましたが、ネット・SNSにおけるパクリの使いかたについて疑問を抱くので、ついでにそちらも挙げていきましょう。
特にアニメやゲーム・映画のサブカルチャー関連では多いからね。ひとつ覚えのようにすぐパクリパクリって言いたがる人。

似ていればすぐパクリと呼ぶ


視野が狭い人

この作品は〇〇と似ていますが、〇〇のパクリですか?
「似ていますが」までならわかりますけど、二言目に「パクリ」が出るのは首をかしげます。
経験上、このようにすぐパクリと言い出す人は、あまり物事を深く考えていないし、視野が狭く本質を見る意識がない人だろうと考察します。
先に伝えたとおり、完全な無から有をつくるのは、デザイン・アート理論が発達し、さまざまな創作物があふれる今の時代では困難です。
先人たちが積み上げたデザインの人体工学・心理学・トレンドは「解」であり、パブリック(共有財産)であり、科学なんですよね。
トレース疑惑で盛り上がるのも同じです。単に構図が似ているというだけであら捜しで叩くさまは、まさに異常と言えるでしょう。
キツい言いかただけど、見識の狭い人が思考停止の思いつきで言っているということ。

だから既視感があるとすぐパクリ扱いですし、本人に悪気はなくても、言われた側からしたらいい気分はしませんよね。

その理屈で言うとこうなる
もし、彼らのパクリ理論で極端に言うならば、昨今のマンガはすべて手塚治虫のパクリです。
- 右から左に読むマンガ構成
- 長編のストーリーマンガ
- 女の子などのほっぺに「///」を入れる
- コマ割りに大小のリズム感を作る
- ボクっ娘(ボク少女)
- 「シーン」の効果音(オノマトペ)
これらはすべて手塚治虫の発明とされています。

コマ割りが似ているけど手塚治虫のパクリですか?

ボクっ娘がいますが手塚治虫のパクリですか?
そんなことを言う人はほぼいないですからね。似ていればすぐパクリと呼ぶことは、このような理屈の破綻が発生し、起源論争はしっかり整合性をとらないと恥をかくことが多い主張です。
エヴァは旧約聖書のパクリ、なろう系はゼロの使い魔のパクリ、異世界転移はナルニア国物語のパクリ……収拾つかないよね?

マンガの神様は文字どおり、「現代マンガをつくった神」ですね。なお表情の記号は「漫符」といい、「///」の起源は諸説あります。

無音を表す「シーン…」は手塚治虫が生み出した? マンガ界の「大発明」を振り返る|マグミクス
ストーリー漫画|Wikipedia
手塚治虫の何が新しかったのか|Google Arts & Culture
手がけた原稿は15万枚!? 手塚治虫が“マンガの神様”である3つの理由|GetNavi Web
あのちゃんの元祖!?「ボクっ娘」キャラ確立した手塚治虫の傑作「三つ目がとおる」連載初出時のレア版発売|よろず〜ニュース
著作権は永遠に保護されるの?|公益社団法人著作権情報センター CRIC
流されるままパクリと呼ぶ


思考停止そのもの

これって〇〇のパクリでしょ? ネットにも書かれてるじゃん。
自分の考えを持たない・考えないので、周りの意見や主張に流されるか、ノリでパクリだと言っている状態ですね。まとめサイトやSNS、掲示板コメントでも見られる光景です。
繰り返すように、すべてパクリと言えば収拾がつかないし、デザインのみならず、クリエイティブの本質を理解していません。
流されて言うのは意見じゃない。「意見をした気になっている」だけの意識高い系だよ。

知ったものと似ていればパクリ


無知ではなく
「無恥」

これって俺の知っている〇〇のパクリだよね。
こちらは元ネタを知らないがゆえに勘違いしているケースで、元となった作品などをパクリという人って、たまに見かけますよね。
一例を挙げると、ニンテンドーDSで発売された音楽ゲーム『押忍!闘え!応援団』シリーズを、無料音楽ゲームの『Osu!』のパクリと(ネタか本気か)勘違いする人が少なからずいます。
しかし、応援団シリーズの海外ファンがまねて作ったゲームがOsu!ですから、あえて言うならOsu!が応援団シリーズのパクリなんですね。
初代応援団は2005年7月28日発売、Osu!は2007年9月16日に配信されています。
上記の例からもわかるように、自分が先に知ったものがオリジナル、それ以外はパクリは暴論であり、支離滅裂であるのがわかると思います。
時代が時代だから、Osu!の元ネタを知らない人が増えているのが悲しい。応援団はマンガの教科書。

応援団(曖昧さ回避)|Osu!
『押忍!闘え!応援団』開発者、シリーズ復活に意欲を見せる。「うまくいけば次のプラットフォームで」とも|AUTOMATON
パロディ・オマージュ・リスペクトもパクリ


一理ある意見

パロディとかもっともらしく言ってるけど、要はパクリじゃん。

製作者がパロディだとしても、見る側には関係ない。パロディでも元ネタの作者がパクリと感じればパクリになるのではないか。
こちらは上記の例とは異なり、需要と供給の関係、受けとりかたを考えさせられます。
後者に至っては、Wiiで唯一のZ指定(18歳以上)ゲーム『MAD WORLD』で、主人公のジャックが筋肉バスター的な技を使い、作者のゆでたまご氏が激怒したケースもありました。
この話題に関してはすぐに答えを出すのは非常に難しいですね。
このあたりは自分も悩みどころ。ただどちらにせよ、元ネタにしっかりとリスペクト(敬意)を持つことは忘れちゃいけないね。

ゆでたまご嶋田先生、ゲーム内でのキン肉バスター・パクリに「作品作る気うせるよな!!」~モハメドヨネは公認|ブラックアイ2
わざとパクリと言っている


アクセス数・視聴者稼ぎ

【悲報wwwww】〇〇、△△パクリだったwwwww
最後に考えられるのは、わざとパクリと言っている状態ですね。これは物書きや動画投稿者がブログの見出し、動画のサムネイル画像で、
- 〇〇のパクリゲーwwwww
- 〇〇のパクリ確定!
- 〇〇のパクリ疑惑が浮上して草
と、教養のなさや品性に欠くような文言を並べてあおる行為です。
なぜこのようなことをするかといえば、大抵はアクセス数稼ぎ・広告収入目当てなんですね。
アクセス・金目的のためにあおるんですから、正直レベルの低いことをしているなと思います。「パクリ?」と書いておいて、中身でパクリを否定して魅力を語る人もいますが、少数派です。
中には閲覧数・金目的ではなく、性根ひん曲がった真性の人もいたりする。その場合はガチでヤバい人だから関わらないでおこう。

最後に:ものづくりの本質を見ない人たち


ものづくりからすれば
どちらも迷惑
デザイナーの世界、特にロゴやシンボル、レイアウトなどの世界では、既存物をパクって新たな価値を見い出すことは普通です。
ただしこのパクリは「トレースや模倣で盗用、権利や影響を横取りする」ということではなく、
CHECK!
先人たちが積み上げてきた理論・人間工学・心理学・流行を取り入れる。という意味であり、パブリックなんですね。
デザインの本質は「見る側に目的を伝える、論理で組み上げられた科学」であり、世の中のデザインは「大衆に受け入れられた正解例」なんですよ。
アーティスト気取りをするデザイナーはそもそも、ここを理解していないんですね。
パクリ自体は悪いことではありません。良いパクリと悪いパクリを区別化する必要があります。

なんでもかんでもパクリ呼ばわりする問題
また、すぐパクリパクリと呼ぶ風潮に疑念を抱かない人も、思慮として浅く、かなりの問題です。
開口一番パクリ、便乗してパクリ、後から知ったものをパクリと呼ぶのって、これを思慮深い意見だとは思えないですね。

え? ただのノリでしょ?
本人たちは深く考えていないでしょうが、彼らは周りに流されるだけで自分の意見を持たないパターンが多く、言われる側、好きな人からは気分を悪くするだけでしかありません。
相手の気分を不当に害して「ノリでしょ?」と言い訳するのは無責任であり、知見不足でパクリと言っているのなら、その無恥な態度を改めていただきたいものです。
問題に「著作権がー」と言う人は、創作的表現・パブリックドメイン・二次利用・親告罪の定義・目的を説明できないと思うね。

またブログの見出しや動画のサムネイルでパクリだとあおっている人は、大抵アクセス数稼ぎか広告収入目当てです。見かけても関わらないようにしたほうがいいでしょう。
デザイナー側も言う側も、その点は反省して考えるようにしてほしいですね。
パクリ論争は起源論争ぐらい不毛だし、デザインのみならず、クリエイティブの本質は何かをちゃんと見るべきでしょう。



