R-15
版権絵, 雑記他

ソニック,ソニックX,エッグマン

知っている人は知っている、ソニックXの卵のあのシーン。


……とまあ、絵とは全く関係ありませんが、『ソニックアドベンチャー(以下、ソニアド)』の新作を要求し、ソニアド比較を過剰(かじょう)に書き込む人たちを問題提起する記事になります。だからといって、良識を持ったソニアドシリーズ好きもいますし、続編や新作を否定しているわけではありません。ソニアド3が出るなら自分も喜んで買います。

この記事は重ねるように、続編リメイクを叫び続け、他作品は否定する一部ファンの行動について考える内容であることは、ご留意いただければと思います。

批判要素が多めです

「正しい批判」を心がけていますが、一応ご容赦ください。


恒例行事のソニアド新作コール

よくネット・SNSなどで、少しでもソニックの話題が出ると……

  • 「ソニアドの新作はまだか」
  • 「ソニチ(ソニックチーム)は早くソニックアドベンチャー3を出せ!」
  • 「ソニアド3が作られることを信じている」
  • 「チャオ育成(チャオガーデン)復活させろよ」
  • 「テイルスは棒読みが至高」
  • 「ソニアド2の頃はよかった」
  • 「ソニアド2は最高だったのに今のソニックときたら……」
  • 「中さん(中裕司氏:ソニックの生みの親)がもういないから……」


と、誰のためなのか10年以上もどこでも現れて、ソニアドシリーズ(特にソニアド2)賛美と懐古アピール、ソニアド比較を過度に行う人たちを見たことありませんか?

もちろん、ソニアドシリーズが最高だと思うぶんだけなら個人の自由です。しかし実際、ソニックはゲームや媒体(ばいたい)で世界観や性格が変わるのに、「(ソニアドを比較対象に)俺の知っているソニックじゃない、どうしてこうなった」や「コレジャナイ」と、楽しんでいる人の輪に割り込んで書き込む人もいるわけで。

雰囲気が偏(かたよ)らないよう水を差す必要もある意見もありますが、コミュニティの場とディベートの場は違います。

『批判』を「ダメ出し・一方的に否定・悪いところだけを言う」……みたいな意味で捉(とら)える人ほど、「あくまで『批判』とは建設的な批評姿勢であり、ときにはいいところや評価点・理解できる部分もしっかり言ってこそ、『正しい批判』」なのを理解していません。それは『批判』ではなく『批難』です。



……で、こういった人たちと、良識あるソニアド好きのファンの差は一体なんなのか。それは、他のソニックにも魅力があると認めているか、認めていないかの違いではないかと考えます。

後者は他のソニックもいいけど、ソニアドが一番好きと言いますが、前者はソニアドシリーズ以降の作品をやたらと比較して否定するのが特徴です。なぜかメガドライブ時代には触れず、『アドベンチャーDX(移植版)』を知っていても『アドベンチャー(オリジナル:ドリームキャスト版)』を知らなかったりしますが……?

海外でもソニアドシリーズは絶対的な人気がありますが、多くは後者のように、ソニアドが好きだけど、ほかのソニックもよさも認めている人が多いんですね。日本のネット・SNS上で見かけるような前者の排他(はいた)的、原理主義的な主張もありますが、まだ限定的です。

前者の人は、ポケモンにおける「金銀までが最高」と言い続ける人たちと似ていて、ネットスラングでいう『懐古厨(ちゅう)』と言われる人たちともいえます。

ゆえに彼らはソニックファンではなく「ソニアドファン」であり、ある意味では区別する必要があるでしょう。そんな「ソニアドファン」な人たちに伝えたいのは、特定のコミュニティ以外でそういった過度な主張は慎(つつし)むべきだということです。

慎むべきな理由その1

さて、なぜ慎んだほうがいいのか。最初の理由は、

ソニアドシリーズの価値を下げるから。

かくいう自分も、ソニアド2は衝撃を受けたソニックで、本編もチャオ育成も寝る間も惜しんでやり込んだ思い出深いゲームですし、今でも大好きなゲームです。

だからこそ、やたらとソニアド3出せとか比較行為は見ていてとても残念なんですよね。現にネット・SNSには、こういった一部ファンの懐古的行動に嫌悪感を感じ、おかげでソニアドシリーズそのものを嫌っている人たちも少なからず存在します。

せっかくのいいゲームが風評被害を受けるのは、見ていて悲しいものはないでしょう。

慎むべきな理由その2

慎むべきな次の理由が、

ソニックファン全体の評価やモラルが下がるから。

現に、ニコニコ動画で書かれていたコメントの中に目についた内容のものがありました。そのコメントというのが、

「ソニックは好きだが、ソニックの信者(熱狂的ファン)は痛すぎて嫌い」

— ニコニコ動画 —


信者という表現はともかく、一部ファンの行動の客観的な評価を表している一言であり、無闇なソニアド推(お)しをする人たちを指しているかは断言できないも、少なからず影響を与えているのは否定できないでしょう。

現に一部のネット掲示板上では、「ソニック信者は過去の栄光にしがみついている痛い連中」と揶揄(やゆ)されることがあり、「最近のソニックファンのマナーがひどくなっている」という意味ならば、自分も同意ですね。これらのコメントを引用した繋がりで、以下のケースはファンのモラルが問われるケースだったので、あえて記載します。

ソニックカラーズTAS動画について

ニコニコ動画で『ソニックカラーズ』のTASプレイ動画(ツールを使ったタイムアタック動画)がランキング上位に上がった際、新規ファンを獲得するためか、宣伝やPRと称して赤裸々にオススメソニックをアピール。見た限りではソニアド推(お)しやソニアド比較が目立ちましたね。

あんなことすれば宣伝になるどころか、ますます興味のある人が遠ざかります。

例を言うなら、休み時間のクラスメイトの会話で対象に少し興味を持ったそぶりをすると、よかれと思ってオススメや魅力をマシンガントークでバンバン攻め立てられ、引かれてしまい興味が逆に薄れてしまうのと一緒で、逆効果にしかなりません。

大量の文章で字幕解説

同じくニコニコ動画の話ですが、初ソニックプレイのある投稿主に対して、動画の下部分が埋もれるほどの大量のシリーズ解説コメントを行い、皆様の迷惑だと投稿主から注意されていたケースも。これは痛いと言われても仕方がない。

そもそも数秒で流れるか消える仕様なのにもかかわらず長文コメントを載せること自体、読ませる気あるのかと思いますが……親切心も度が過ぎればお節介とはまさにこのこと。

まあ、ニコニコ動画は低年齢層が多く民度もお世辞によいとは言い難いですし、そういった節度を期待するのは筋違いかもしれませんが……

思い込みが激しい暴走ファン

何を勘違いしているのか、「俺こそソニックをよく知っている真のファンであり、今のソニックがあるのは理解者である俺のおかげ」と言わんばかりに変な使命感に燃え、自前のソニック論を周囲の迷惑を無視して悠々長々と語り、議論モドキを行う人をネット掲示板で見かけましてね。

しかもその人は、開発者よりファンのほうが権力があり偉いと勘違いしている節があり、それでも自分は正しいこと、ソニックやファンのためだと信じこんでいました。自分の正義や正論・自分が正しい論を振りかざして、周りの心情や迷惑も一切考慮しない部分は、お客様は神様論を振りかざす、悪質クレーマーと大して変わらないんですね。

それゆえに、注意したファンたちに逆ギレして悪者扱いしたりと暴走そのもので、絡まれたファンたちもさぞ大変だったでしょうに。独りよがりの議論は議論ではありません。

最後に:TPOは大切

閑話(かんわ)休題で、自分もソニアドシリーズはストーリーが重厚でやりごたえもあり名作の評価です。しかし、どこもかしこも場をわきまえず、ソニアドは最高アピール、ソニアド比較コメントをしたって一体なんの意味があるのでしょうか?

重ねて言いますが、度の越えた行いはソニアドシリーズの評価やファン全体のモラルを下げるだけ。TPO(時・場所・場合)を考えて、言う場所と限度はちゃんとわきまえるのが大切だということです。ネットのみならず、実社会でも最低限のマナーですよね?

つい最近まであった公式コミュニティでは、ネットマナーの注意喚起をしていることもあり、ファンたちが集まり、楽しくソニックやソニアドシリーズを語っていて平和そのものでしたね。まさにネットコミュニティの理想形でしたが、コミュニティ終了が近づくにつれて、呆れるほどに荒れ気味にはなりましたけどね。

サイトのリニューアルコーディング作業を優先しているため、絵描きはペースダウン中。それにいまは本業のWEBデザイン・フロントエンド作業が繁忙期を迎えているのもあるし、しんどいけど充実した日々を送れているね。

とはいえ、入社数ヶ月でWEBデザインディレクターみたいな立場になっているのが悩みかなぁ。充実しているのは嫌いじゃないけど、植物の心のように生きるのがモットーなんで。

イラストレーター・ライター・フロントエンドエンジニア・WEBデザイナーの京都生まれなウサギ好き。性別問わず好きなタイプは「失敗・反省から学ぶ人」。様々な視点で物事を定義・長文や理論を分析し、簡潔に分かりやすくまとめるのが得意。