加筆修正を行いました

最終更新日は2017/8/29です。修正前と内容が異なる場合があります。




劇場版ポケットモンスター キミにきめた!』を観に行きましたので、そのレビューになります。

結末やストーリーのネタバレは極力避けますがあらかじめ断っておくと、リメイクというよりリブートに近い作品です。「ホウオウに出会う約束の後が完全オリジナルストーリーで描かれる」と謳われましたが、展開的に無印には全く繋がらない上に話の展開もほとんど違う、完全に別物のパラレルワールドです。

無印と同じなのは最初の10分だけ…と言われますけど、話の大筋だけが一緒でダイジェストに近く、かなり違います。シゲルの登場は1カットの後ろ姿のみで、カスミは釣りどころか存在すら語られない。1話のリメイクや後日談目的なら間違いなくガッカリするでしょう。

言うなれば、

映画はサトシがタケシやカスミに出会わなかった、もしくは仲間にならなかった世界


とでも言いましょうか。まあ確かに、ベストウイッシュの回想シーンで語られたような、タケシやカスミを仲間にして現代の映像技術で作り直した、文字通りのリメイク作品は観たかったですケドネ。

一応映画でもタケシやカスミの他、ケンジも登場自体はしてはいますが…エンディングの数秒の1カットだけで声もなく、ファンサービス的な扱いですので、期待しないほうが吉。

以下、ネタバレ注意!

以下の内容にはネタバレが含まれています。



無印版と映画版との相違点

ストーリーの言及は極力避けまして、無印と映画版は以下の部分が異なります。

設定や時代背景を反映

サトシの部屋のテレビがブラウン菅から液晶テレビに変わり、机にはノートパソコンが置かれているなど、現代の小物を反映させている他、別地方から来訪するトレーナーやポケモン、きのみや特性が存在するなど、今のポケモンのシステムをしっかり登場しています。

アニポケXYに登場した、ピカチュウが電気ポケモンの気配を電気で感じ取る設定も使われているようです。後は当時日本語だった表記が全てアニポケ世界の文字に置き換わっているのもそうですが、ハナコさんの厳しい母親としてのトゲがある口調が低減されているのも、時代のせいでしょうか?


バッジ3コ手に入れるまでは…

エリカを倒して3コ目のバッジを手に入れるまで、サトシは一人(と一匹)で旅をしている事から、今作でのタケシやカスミは、ただのジムリーダー扱いなのでしょう。しかしバッジを披露するシーンがなく、アニポケは8つ以上のジムがありますから、ニビジムやハナダジムとは違うジムに行ったのかもしれません。

つまり自転車を壊していないし女装もしていないという事に…


タケシとカスミが登場しなかった理由

出さなかった理由は湯山監督のインタビューで明かされていますので、一部抜粋。

実は20周年ということで、(以前テレビアニメで活躍していた)タケシやカスミが登場するというアイデアもありました。ただ劇場版で登場させると、初めて観る人に彼らの説明が必要になる。

ですが、この劇場版でタケシやカスミと初めて出会うとなれば、テレビシリーズとは違う出会いになり、皆さんが知っているタケシとカスミではなくなってしまう……。そして劇場版の上映時間の関係もある。

いろいろなことを考えた中で、この作品を成立させるのはやはりサトシとピカチュウの出会いではないかと。なのでテレビアニメ第1話で描かれた最初の「出会い」のところから、新しい作品を作ろうと思いました。

湯山監督インタビューより一部抜粋



ジョジョのアニメ映画(一部)でスピードワゴンを出せなかったのとほとんど同じ理由で、やはり尺の都合だったんですね。今の小学生はネット情報やアニメ配信、深夜放映の過去作映画を見ていない限り、タケシとカスミは知らないんじゃないかと思いますし…

先に書いたように、最後に出てたのもベストウイッシュの回想シーンぐらいですからね。


ロケット団の目的

そもそもロケット団は終始サトシと遭遇していませんので、初対面のシーンもなく、ピカチュウを狙いません。終始ホウオウを手に入れるために行動していて、事ある度に飛ばされるので、アーボやドガースの出番は一切なし。

しかしエンディングでは、サトシやピカチュウを付け狙っていますので、ちょっと矛盾します。まあこれはホウオウと戦えるスゴいトレーナーとして後を追っているのかもしれませんが、ピカチュウをサカキに献上する為かと言うと微妙なところで、アニポケ本編における行動原理にも繋がりそうにありません。


サトシとピカチュウの信頼関係とアイアンテール

無印版ではオニスズメの襲撃の後でも、ピカチュウがサトシになつき、最高の相棒になるのはかなり後。サトシの言う事を時折聞かなかったり、カスミの方に寄ったりしていました。しかし今作では尺の都合か、オニスズメの一件で完全に仲良くなり信頼関係に結ばれます。

途中サトシがピカチュウに失言して仲違いしかけても、ピカチュウはサトシを信じているほど。逆にサトシの精神的未熟さは無印を彷彿とさせました。最近のサトシは精神的に人格者なので、逆に新鮮。

なお中盤ではアイアンテールも使えるようになります。これも現代のゲームシステムを反映した結果でしょうね。ビジュアル面ではベストウイッシュのエフェクトに近いです。


ヒトカゲの出会いとリザードンに至るまで

話の流れは一緒ですが捨てたトレーナーが違う他、リザード→リザードンになっても、サトシの指示に従順で指示をしっかり聞いているのが驚きで、炎を吐いて反抗したり愛情表現もしない。

確かに今作のサトシは無印と違い、ポケモン図鑑を使わなくてもポケモンや技に詳しく、バトルの腕も別段悪くなかったりしますからね。というかオーキド博士からポケモン図鑑をもらっているシーンが一切ないので、そもそも所持していないのかもしれませんが…

その捨てたキャラクターが今作オリジナルのクロスというトレーナー。弱いポケモンは捨てる育成持論や捨てたポケモンが拾われ、進化して再度対面する部分は、どことなくDPのシンジっぽい。


『キミにきめた!』は古参ファンに向かないガッカリ作品なのか?

重ねて言いますが、今作は無印と比較すると展開も設定もほとんど変わっていて、無印には繋がりません。かといって古参ファンに向かないガッカリ作品なのかと言われればそうでもありません。

というのも、上述したアニポケのセルフオマージュもそうですが、マニアの域でしか分からないようなレベルの要素や、懐かしい要素もあるんですよ。以下に述べますと…


【TOHOシネマズ限定】上映前のロゴアニメーション

TOHOシネマズのロゴアニメーション映像のピカチュウの動きが、初代ED『ひゃくごじゅういち』と同じです。構図は違いますが古参から見れば「おっ?」となるハズ。


劇中BGM

劇中のBGMは、無印時代の曲を中心に利用しています。原曲なのか新録版かは分かりませんが、まるで子供の頃にテレビでみたままの感覚が味わえました。


バイバイバタフリー

サトシの中の人も印象に残っているという、バタフリーの別れを描いた「バイバイバタフリー」は、アレンジされているも名場面の部分はしっかり抑えられていて、無印と遜(そん)色ありません。


ピカチュウのボツ案

ちょっとネタバレになりますが、終盤でサトシに向かってピカチュウが(意思疎通の形で)喋ります。でもこれって、ピカチュウが当初喋る予定だったボツ案が使われている感じですよね。中の人の演技があまりにも素晴らしかったので、そのままギエピーピカチュウ語になったそうですけど…

意図したかどうかは分からないも、仮に古参ファンに向けたファンサービスなら嬉しい限り。


ポケモン最終回プロット案

ちょっとこれはこじつけが入るかもしれません。

中盤、サトシがもしポケモンがいない世界で生活していたら…というシーンがあるんですけれど、どことなく故首藤剛志氏が描いていた、ポケモン最終回プロット案を彷彿とさせたんですよ。

ざっくり要約すれば、

年老いて老人になったサトシは昔を思い出し、空想の存在であるポケモンとの出会いや経験、様々な思い出を懐かしむ。ポケモンは大人になる過程で見る「夢」であり、いつかはその空想の世界から卒業する…

— ポケモン最終回プロット(一部要約) —



…というもの。本当にざっくりで、ポケモンが人間に戦争を起こしたとか、自己存在とは何かという部分は流石に使われませんでしたが、

  • ポケモンは空想の存在である
  • サトシがこれまで見ていたポケモンの出会いや冒険は夢だった


…という部分は、通ずる所があるのではないでしょうか?

オーキド博士を先生と呼ぶのはサン&ムーンっぽい(もしくは初代ポケモンのボツデータ)ですね。そしてクラスの先生に四天王のキクコさんが…


総評

無印とは展開も設定もほとんど違い、カスミやタケシが仲間になっていないパラレル作品ですが、かつてのボツ案や歴代アニポケのリスペクトの数々など、古参ファンを見捨てているワケでもない、独特なテイストの作品です。因みにサン&ムーンのポケモンスクールメンバーは別役で出演していたり。

しかし見る人を選ぶ内容なのは確かなので、やたら無印に思い入れがある人、従来のポケモン映画と同じパラレルだと割り切れない人にはオススメしません。人によっては、サン&ムーンの前日談が本作だと考えるかもしれませんね。

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赤竹 忠吉

(Tadakichi Akatake)

延命治療は愛情? 家族のエゴ? 残酷な最期を強いる「長生き地獄」の現場 』


まあ自分も長生きしたくない派ですかね。長く生きるのではなく、どのように生きたかが大切という持論や、接客業をしていると、脳の老化や認知症で世間様に平気で迷惑をかける一部高齢者が目立つことに嘆かわしく思い、ムダに金を払い、延命治療までして生きる事の無意味さと惨めさを抱いているのが理由です。


『アカギ』の赤木しげるのように、自己の尊厳を残したまま逝きたいものですよ。故に尊厳死を選ぶ自由が欲しい。

イラストやマンガにデザイン、UI・UX、HTML・CSSまで幅広くやれる京都のウサギ好き。ネチケット(ネットマナー)にはちょこっとシビア。

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