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    最終更新日は2017/9/24です。修正前と内容が異なる場合があります。




    ネットの写真を参考に鉛筆でウサギを簡単にデッサン。やっぱりデッサン系の絵は鉛筆で描くのがベターですね。シャーペンじゃ濃淡を付けたり寝かせてグラデーションを作るのが難しいですし、ボールペンスケッチもやろうと思えばできるも、失敗ができないから苦手なんですよね。故に鉛筆の方が楽。

    そういえば、昔絵に詳しくない方から「本物を見て描くのと、写真を見て描くのと違いがあるのか?」と質問された事がありますが、写真とリアルではもう雲泥の差ですよ。どう違うのかちょっとだけ以下に書いてみます。

    絵の上手さは観察力と空間認識能力の高さに比例する

    よく勘違いしている人がいますが、絵を上手くなるはただ描けば良いと言うワケじゃありません。絵の上手さとは観察力と空間認識能力の高さに比例します。もちろん対象の理解や構図の知識も必要ですが、前者は絵の上達にとても大切なものです。

    例えば上のウサギで例えるなら、背中や耳の裏側はどうなっているのか、ウサギの骨はどのような構造で、どう筋肉がついているか…これを知るためには、実際に本物を見て描いた方が理解が深まります。しかし写真ではどうなっているかわからないまま、平面的に描いていくことになります。

    プロは観察力と空間認識能力が高いので、例え写真の資料でも卓越な絵を描くことができます。一部の絵の初心者はそれらを鍛えないまま、プロの絵をそのまま真似るから変になるし、いつまでたっても絵が上手くならないのです。

    上手くなりたければ外に出よう

    故に絵を描く事に興味があるのなら、可能な限り実際のものを見て描く方が絵は上達しますよ。絵を本気で勉強していた頃は、他人=動くデッサン人形みたいな考えでバンバン描いていましたね。だからこそ大学時代に電車やバス内で人を描くと盗撮と見なされると聞いた時はショックでしたよ。

    まあなんだかんだで今でもこっそりやっていますが。

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    赤竹 ただきち

    (Tadakichi Akatake)

    近年では葬式もせず墓も不要な『ゼロ葬』の賛同者が年々増加傾向にあるそうですが、自分も賛成派ですね。信仰深い人からは「まるで人をゴミのように捨てる『ゴミ葬』であり、それで死ぬまで幸福に生きれるのか」と批判する人もいますが…

    こればっかりは価値観の違いですからね。自分は合理・現実思考人間なので、(創作物ならともかく)人間の霊魂や生命活動は所詮、脳の化学反応に過ぎないと考え、喜びも悲しみもしない死者相手に膨大なお金を使うぐらいなら、そのお金を自分や家族の生活の充実に使った方が合理的。

    幸福に生きるとは「今をどう生きるか」「どう生きがいを持って暮らすか」であって、宗教にすがったり未来の死に様で決定付ける事ではなく、動物は墓を作らずそのまま土に還るように、人間だけを特別扱いするのを疑問視し、個人的には葬儀も結局は商売・ビジネスでしかないと考えています。

    まあ屁理屈くさい言い分ですし、価値観の相違ですから死者を偲ぶ行為自体を否定するつもりもなく、創作の一環として考える事はありますが、日常生活では上記のこともあって、自分もゼロ葬を選びますね。
    MyutaUsagi

    絵描きからHTML・CSS、物書きまで幅広くやれる京都生まれのウサギ好き。ネチケット(ネットマナー)やネット(情報)リテラシー、批判と批難の違いにはちょこっとシビア。

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