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雑記他

雑記

少し前まで『ピクシブ百科事典』を1年強ほど、『Wikipedia』を8年近く書いていましたが、引退を決意し、百科事典サイトの執筆活動に手を引きました。これらの問題点も踏まえた上で、引退した経緯については以下につづっています。

特に誠実で真面目な執筆者ほど、この記事を見て考えていただければ幸いです。

これは一個人の意見です

他の様々な意見・視点も取り入れてください。



百科事典サイト(特にピクシブ百科事典)の問題点

誰でも書き込める百科事典サイトはどこでも、執筆者のモラルやマナーが問題になる事案は大なり小なり発生します。

しかし『ピクシブ百科事典』は特にヒドく、その短い期間の活動の中で、自分のように真面目に情報を熟考して記事の充実や、他執筆者に意見を求めて指摘やアドバイスを素直に耳を傾る姿勢。そして間違いをすぐ認める、謝れる執筆者はかなり少数派である可能性が高いと感じました。

執筆者は『ROM専(作品投稿もせず、基本見るだけ。もしくは記事やコメントを書くだけが目的な人)』と呼ばれる人達が多くを占めていて、

  • 記事を書いてこれを広めたい。でも内容に口出しするな(無責任)
  • とりあえず書いた。後のことは知らん(書き逃げ・立て逃げ)
  • 書いて自己主張したい。だから文章に手を加えるな(私物化)
  • この文章を書き直した。議論? なにそれおいしいの?(議論放棄)
  • 記事内の文法を統一するのって面倒。記事なんて質より量でしょ(整合性の皆無・過剰執筆)
  • 自作品の宣伝目的。記事の充実なんてどうでもいい(ただの迷惑行為)
  • そっちが悪い。俺は悪くない(謝ったら死ぬ病)
  • 荒らし(迷惑)行為は許さない。だから同じように叩く(ダブルスタンダード)


このような協調性に乏しく独りよがりなタイプばかりで、彼らの問題点や実際の体験談についてはこちらの記事で触れています。



上記記事でも述べたように、執筆者としての責任感が無く、指摘・意見される覚悟も無ければ、他執筆者への礼節すらも乏しい自己中心的な人が多すぎて、「いっそ自分のブログにでも書けよ」とツッコみたくなるレベルでした。

ピクシブ百科事典の執筆活動中に遭遇した体験談

上の箇条書きや上記記事の「挨拶した上で注意したら、挨拶はしないと平然と返した人」も十分問題でしたが、特に厄介だと思ったケースをあえて挙げておきます。

そのケースとは、ネット私刑をする人に対し、ネットの偏向的な情報・知識を基に、裏取りがない方法論による制裁手段を記したり、該当するユーザーを百科事典に記載して晒し・拡散させる『アンチネット私刑』を行うユーザーがいました(ROM専ではないが発達障害持ちと公言)。

百歩譲って個人ブログで書いているならまだ許せますが、百科事典に記載してその方法論でトラブルが発生したら誰が責任を取るのかってなりますし、百科事典執筆には公平・中立性の姿勢が前提で、恣(し)意的に書くのは大問題です。

その独善的・私物化な行動の数々が目に余ったので厳しく注意すると、まるでドラえもんにすぐ頼るのび太のように、自己研鑽(けんさん)もせず何でも頼ろうとした様は、正直堪忍袋の尾が切れそうでした。特定晒しは本人曰く、「過去に嫌な目に遭わされたからすごく心証が悪い」だったそうですが、心証が悪いからって同じようにやり返すのは子供のすることです。

さらに礼節・マナーに乏しく(返信が4日〜1週間後と遅すぎるしお詫びも言わない、忠告をあまり聞き入れない、自分に都合の悪い部分は無視、謝罪は言えるけど反省しないなど)、自助努力もせず注意・指摘も忘れて問題行動を繰り返す感じで、ネット私刑を嫌うのにネット私刑を行う自覚もしなければ、改善も反省もしない。

話の論点もずらされて噛み合わずに平行線になることも多く、その時点で「関わっちゃいけないタイプかなこの人?」と薄々思っていましたが、結局注意したはずのネットで聞きかじった知識を確かな方法論として再び流布し、身勝手な行動に対する謝罪の言葉すら述べず、何事も無かったかのように、また自分に都合の良いようにこちらへ頼ろうとする有様でした。

発達障害を考慮したとしても、この被害者意識を剥(む)き出しにした傍若無人(ぼうじゃくぶじん)な行動の数々は看過できるものではなく、もし仕事だったら容赦なく切っていたレベルでしょう。流石にしつこかったので、今後自分に関わらないよう固くお断りしたほど。

しかしお別れした後も全く反省していなかったようで、ツイッターで自分のブログ記事を引用しては論点がずれた着眼点で批判をし始めている始末でした(特定の節だけに反応してトンチンカンな内容を書いていたので、これを批判と呼ぶにはいささか不適当ですが)。

もし、ちゃんと独善的な行動を反省し、改善の努力や勉強を惜しまない人だったら、まだ救いはあったでしょうけどね。しかし謝罪はしても反省はしないって、謝罪を述べない人以上にタチが悪いのか……と驚くばかりです。


このように無料登録の弊害か、サブカルチャー中心コミュニティだからか、そういった一般常識や対人関係に色々難がある人が集まりやすいのか。ピクシブ百科事典はモラルやマナーが良い場所とは言い難い状態です。自分のような真面目な執筆者ほど損とバカを見ると言うのか……?


問題も多いピクシブ運営側

しかし、ユーザーだけではなく運営側にも多くの問題があり、迷惑ユーザー対応には消極的か、放置を選択することがほとんどで批判も多く、記事の私物化・不要記事の乱立・編集合戦・特定の悪質ユーザー晒しが常態化しています。

誕生から10年以上経つのに、未だに記事の「保護機能」を実装しようとしません。保護機能は百科事典サイトにおいて、荒らしや不必要な編集合戦を防ぐために必然の機能です。

運営が動かない裏には、毎日のように下らない内容や私怨(しえん)による通報があると推察しますが、だとすれば明確なお断り事項を箇条書きした内容を、お問い合わせの上に用意するぐらいの対策努力は出来るはず(現状個別ページに飛ばないとこれらは見られない)。

仮にどうでもいい通報を取捨選択する目的で、対応をおろそかにしているのであれば、それは本末転倒。

実際にあったケースで、白紙化を繰り返していた悪質ユーザーに対し、1ヶ月近くにも渡ったという複数利用ユーザーの苦情や問い合わせを放置。結局自分が見かねて、1ヶ月近くに及ぶ複数件の苦情を放置した件、悪質ユーザーの対処を怠った事への見解の開示・返答期限を求めた厳しい口調のメールを送付し、ようやく重い腰を上げたレベルです。

しかし対応はしてくれたものの、結局運営からの返答はありませんでした。

運営からすれば面倒なユーザーと思われたでしょうが、そもそも初動対応をしっかりしていれば、自分もここまで言わなかったわけですからね。裏を返せば、このぐらい厳しい姿勢で臨まないと運営は動かないということであり、お問い合わせや執筆ガイドラインもかなり曖昧(あいまい)でずさん。他の百科事典サイトはここまで緩くなく、ほとんどが厳格に規定されています。

ちゃんと管理できないのであれば、百科事典サイト管理に秀でた別会社か専属スタッフの委託か、それすらも困難なら閉鎖も考えた方が良いのではないでしょうか?


その他百科事典について

ピクシブ百科事典ほどではないにしろ、『アニヲタwiki』もほぼ似たケース(内容が持論の流布や独善的記載になっている、ソース〈論拠〉掲示が完全に任意など)が少なからず見られ、『ニコニコ大百科』は執筆が有料なので、編集合戦が比較的少ないところは評価できますが、同じく主観・独善的になっている記事が一部散見されるのと、無料でも書けるコメント欄のマナーが非常に悪いです(まとめコピペサイトのコメント欄といい勝負)。

Wikipedia』の場合はガイドラインが細かく、執筆者として書いた文章に責任を持つ人が比較的多いので、(歴史も比較的長いこともあって)他百科事典サイトよりかはモラルは最低限保たれ、執筆者同士に敬意を払う文化が根付いていました。無料登録でもその辺りは厳しいので、そういったマナー面の不満は別段ありません(とはいえ、ログインユーザーでも変な人や書き逃げする人はいましたが)。

むしろソース掲示に厳しい分、情報のリサーチに時間を割く事になってしまい、記事の作成や加筆に途方も無い時間がかかってしまうのがネック。新規記事を作るにも、半日以上も時間を費やすのも珍しくなく、ある意味では「執筆に日常生活の時間を割く危険がある」のが、Wikipediaの問題……まあ、執筆者自身の管理能力の問題ではありますが。


引退した一番の理由

マナー問題、日常生活に支障を来たしかねなかったのも原因でしたが、それよりも一番の理由だったのが、

  • 書いたところで共同執筆なので、自分の実績、自分の書いた文章にはならない。
  • ブログを持っているんだから、情報発信はブログでやればいいじゃないか。


と気付いたので、百科事典サイト執筆の引退に繋がりました。

執筆活動自体は文章・文法の勉強、意見交換の他にも、(これまで偉そうに言っていますが)自身も完璧ではないので、視野が狭い記事コメントには他ユーザーから注意してもらい、反省して改めるなど、認識や客観性を広げる一助になったのは事実です。

なので、必ずしも数年間の執筆活動は間違っていたと言うつもりはありません。

でも書いたところで自分の実績にはならないんですよね。「誰でも書き込める・誰でも書き換えられる」のだから。

それに百科事典記事ばかり書いていたら、ブログを書く頻度も下がってしまいます。せっかく維持費払ってブログ運営しているのだし、最低限の執筆能力はあるのだから、そちらに力を入れるべきであると。数年かかってしまったのはお恥ずかしいところではあるものの、気付けて良かったと心底思っています。

最後に:情報発信力がある人ほど無料登録書きこみを控えた方が良い

以上が、自分が執筆活動を引退した経緯と、その理由になります。自己分析とその反省も兼ねて、問題提起のような内容に仕上げました。なおこれは百科事典サイトのみならず、『Yahoo知恵袋』や『発言小町』などの、質問サイトへの回答行為も同様であると付け足しておきます。

あそこも無料登録だからか、上から目線で優越に浸りたいだけのマウント返答、否定しかしない「No思考(批難)」の回答者や、誰かの意見をコピペするようにオウム返しして、あたかも同調する意見のように振舞う信念のない人。そして質問内容の字面だけを見て「じゃあ〇〇すれば?」みたいな思考放棄の極論者ばかり。

何故か・現実的にどう改善すべきなのかを仮説を立てて、再定義して考える「Why思考(正しい批判)」の人は圧倒的に少なく、後者の人はそのような場所よりも、ブログでも作って問題提起をした方が、文章の価値が高まります。

自分と同じように熟考できる、執筆能力がある人は、ブログやサイトを立ち上げたりフリーライターの仕事をしてみたりと、「自分の技量・成果」として文章を発信すべきです。その方が、あなたの書く文章をさらに価値を高めてくれますし、職によっては実績にも繋がりますよ。

ハードディスクとかファイルの中に、学生時代に描いた絵を見つけるとすごく恥ずかしくなる。よくもまあこんな下手くそな絵で満足していたなぁと。

半年前でも似たような感覚に陥るのに、10年前なんて目も当てられない。ただ今と違って、あの頃は何かに取り憑かれていたように毎日描いていたよ。

絵の技術は上がったけど、パッション(情熱)は昔の方があった。社会人として苦労と経験を重ねて色々冷めたんだろうし、当時は友人達と絵の品評会をしていたのも刺激になってたかも。今はそんな機会めったに無いからねぇ。

絵描き・物書き・Webデザイナー・HTML/CSSコーダーの京都生まれなウサギ好き。ネチケット(ネットマナー)やネット(情報)リテラシーの扱い、批判(建設的意見)と批難(感情的否定)の違いには少々シビアで、性別問わず好きなタイプは、自己反省・研鑽(けんさん)・啓発の努力を惜しまない人。長い文章や理論を分析し、簡潔に分かりやすくまとめるのが得意なため、リアル・ネットを問わず、各所からご好評をいただいております。