R-15
版権絵, 雑記他

ソニックトゥーン,ソニック

アニメ版ソニックトゥーンの吹き替えでは、単語の間違いをら抜き言葉として翻訳していましたね。


ネットなどで時折、文章やツイートへの返答に主張内容の意見ではなく、正しい日本語はこうだと口うるさく指摘する人がいまして、一部ネット上では『正しい日本語厨』なんて言葉もあったりします。

一種の反論として、「言語学的には正しい日本語なんて存在しない」なんて言う人もいますが、この記事では文化庁が定めた日本語を「正しい日本語」として定義します。

これは一個人の意見です

他の様々な意見・視点も取り入れてください。



公式の文章に指摘するならまだ分かる

仮に公開している文章が、国から発表されているといった、厳格かつ品性が求められる内容だったり、物事を正確に伝えなければならない報道陣やアナウンサーなら、文化庁が定めた文法・用法を沿った日本語を使うべきでしょう。

しかしながら、個人が発信している文章やツイートまで、正しい日本語を求めるのはなんだかなあって感じですね。知識として知っているのは悪いことじゃないですが、かといって神経質に声高に叫ぶものなのだろうか?

よく言われますが、正論は必ずしも正解ではないですよ?

「正しい日本語指摘さん」はこんな人?

個人的に思うのですが、こういった人たちは物事の表面上ばかりを見て、相手がなぜそう考えたかといった、発言の意図や本質を見ない人ではないでしょうか?

もしくは、ネットやテレビで仕入れたようなにわか情報を、「俺は正しい日本語を知っているぞ」と自慢する、小中学生のような思考回路の人。単に重箱の隅(すみ)をつつくようにして小馬鹿にし、優越感に浸る器が小さい人間の可能性も考えられます。

百歩譲って、文章に対する正しい批判を行い、追伸程度に文法を指摘するのならまだ理解できますが、見た限りそれをしている人は正直多くはないですね。「あなたの文章は興味ないですが日本語の使い方は指摘します」って人のほうが多数。

例えばイタリア本土や高級イタリア料理店に来たワケでもないのに、「スパゲティを食べるときはフォークのみがマナー。イタリア人はスパゲティを食べるのにスプーンは使わない」と自慢げに言う人たちにも通ずるところがあります。

少なくともいちいち口を挟んで日本語の訂正を求めるような人が、良い人間関係を築けるとはあまり思えません。むしろ正しい日本語というより、「自分が聞いていて気持ちがいい」日本語を求めていると言い換えたほうがいいかもしれません。

最後に:その正しい日本語指摘、本当に相手のため?

勘違いしないでいただきたいのが、正しい日本語自体を否定するつもりはありませんし、教養という意味でも知らないより知っておいたほうがいいのは確かでしょう(接客業経験者なので完璧ではないですが、尊敬語・謙譲語・丁寧語には自分なりに気を遣っていたものです)。

ただ、ネット・SNSで横やりに正しい日本語をマナー講師のように口うるさく指摘する人は、本当に相手のことを考え、尊重してそう言っているのかが疑問です。

まあ、正しい日本語が〜といって、むしろ自分が間違った日本語を使って恥をかかないようにはすべきですね。自分でハードルをあげているんですから、そのぐらいの自己研鑽(けんさん)はやりましょう?


ちなみに、自分は「批判」と「非難(批難)」を同一視する人には少し厳しい人間です。これは正しい日本語指摘が目的ではなく、正しい意図を伝えるのであれば、批判と批難を同一視すべきではないと考えています。批判とは、「良否双方から論理的に評価する批評」で、批難は「相手を感情的に悪く言うこと」を指します。全然違う意味ですよね?

単に公正をして日本語評論家を気取っているだけなのか、意味合いが異なるから是正しているのか、そこの見極めも必要。自分もいちいち「それは批判じゃなく批難ですよ」と滅多に言いませんし、文脈で指摘するかしないか判断します。やみくもに言うのは、ただの揚げ足取りのウザい人なので。

自分もそうだったけど、「優しいいい人」「親切な人」になる(演じる)のは、「不幸になるから絶対やめておけ」と経験者は定期的に語る。

犯罪肯定や困っている人は見捨てろ……という意味ではなく、優しさを見せれば、「頼っても構っても甘えてもいい人」みたいに、過剰干渉や粘着、付きまとう人間が一定数いて、情緒不安定や発達障害系、孤立中高年、認知症の人がほとんど。

色々要求ふっかけられ、断ると嫌味や逆ギレされる「悪意のないタチの悪さ」には幾多も遭遇したから、ジーザスやブッダ並の鋼の心を持つ聖人でなければ、いい人ぶるのは精神すり減って不幸にしかならない。

絵描き・物書き・Webデザイナー・HTML/CSSコーダーの京都生まれなウサギ好き。「ネチケット(ネットマナー)やネット・情報リテラシーの扱い」「批判と批難(非難)の混同・誤用」には少々シビアで、性別問わず好きなタイプは「反省と改善の努力を惜しまない人」。長文や理論を分析し、簡潔に分かりやすくまとめるのが得意なため、リアル・ネットを問わず、各所からご好評をいただいております。